第4話

 その習慣は今も変わらない。

 民子は腕、首、胸と浴びるように香水を振りかけていく。


 部屋中に柑橘系の匂いがひろがった。

 その中、民子はゆっくりと移動する。身辺に散らばった匂いの粒子をかきわけるように。


 民子は化粧を終えた顔を鏡台に映した。

 夕闇に浮かぶ民子の顔は静かに燃えているようだった。


 暗い路地裏に立ち、客をひくためのメイクは、母がスナックで働くためにしていたそれよりもずっと妖艶でなければならなかった。


 皮肉にも滑稽なほど派手な化粧が、あと二年で六十になる民子の老いを上手く隠していた。

 民子はもう若いときのような美しさは持っていなかった。

 年のせいもあるが、顔つきはもともと大人しいほうだ。


 しかし、民子の顔からは修羅の道を歩んできた人間特有の凄みみたいなものが滲み出ていて、それが独特の美しさになっていた。


 民子はゆっくりと腰をあげる。

 古びた台所に立ち、コップ一杯の水を汲む。


 そして、その中に先ほど浴びるようにつけた香水をシュシュッとふた吹きした。

 民子はゆっくりとコップをまわし、その中の水を一気に飲み干す。


 口腔に香りが広がるのを感じ、民子は満足気に微笑んだ。

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