最強無双の転移者は犬耳幼女の安眠を守りたい

茶部義晴

最強無双の転移者は犬耳幼女の安眠を守りたい

 「ごしゅじんさまー」


 綺麗な茶色の髪に、まんまるの大きなキラキラ光る髪と同じ色の瞳。

 少し大きめの無地のシャツと短パンを履いた5歳程の人間の姿をした可愛らしい幼女。

 しかしその頭にはフワフワの犬耳、お尻にはモフモフの太い尻尾がはえている。


 自宅のリビング、そんな彼女がテトテトと俺のもとまで駆け寄ってくる。

 腰ほどまでしかない身長を目いっぱい伸ばし、ハグしてくるこの愛らしい生物。


 この子の名前はマロン。

 その体の特徴から俺が名付けた。


 「よしよし」 


 彼女の髪を撫でてやるとマロンはフニャーと声をたてて顔が溶ける。

 少し撫でるのをやめると抱き着く力を強め、もっともっとと迫る。


 こいつの気のすむまで頭を撫で、用意した夕食を楽しむ。


 「おいしー!」

 

 そういって米粒を唇の端につけてるのも気にせず、次から次へとご飯を頬張るマロン。


 この子と生活するようになり早4年が経とうとしている。

 俺がこの世界にきてからも同じ時が経つ。


 俺は日本からこの世界にやってきた。

 名前は犬養啓いぬかいけい。

 28歳になるそこらのサラリーマンだった。

 唯一の癒しである愛犬が亡くなり、途方に暮れていたところなぜかこの世界に転移していた。


 転移した俺の目の前には母が亡くなり、その傍で泣いている赤ん坊のマロンがいた。

 その子になぜか自分の愛犬が重なり、知らない世界で困惑しつつも拾ってしまった。

 しかし、それでもなんとかなるもので、今こうして普通に生活をしている。


 「ごちそうさまー!」


 「はい。しっかり歯磨きするんだぞ」


 「はーい」


 小走りで言う通り洗面所に歯磨きをしにいく彼女。

 犬らしく言うことに従順なマロン。

 とてもいい子だと育ての親ながら思う。


 ♢


 犬娘はたまに狩りをさせないといけないそうだ。

 それは野生の本能なのだろうか。


 山にポツンと立つ木造住宅である我が家を出て、山に入る。

 深く入っていくとそこは魔物のテリトリー。

 魔物が獲物を探して目を輝かせている。


 「きた!」

 

 マロンの耳や鼻はよく効く。

 彼女がそういって少しすると茂みを踏む音が聞こえて来た。


 目の前にでてきたのはゴブリン。

 強さで言うと最下級の魔物である。

 ネットなどで良く見る感じでその体は緑色。

 小人の姿でシワシワの顔、手には棍棒を持っている。


 「やー!」


 キラリ、目を光らせ、ゴブリンに挑むマロン。


 「強化」

 

 心配はないだろうが後方からこっそりと援護魔法をかけてやる。

 マロンの爪がスッと伸び、ゴブリンをひっかいて攻撃する。

 俺の魔法もあり、ゴブリンは声にならない断末魔をあげ、一撃でポンッと破裂音と共に消え去った。


 そこから報酬アイテムがでてくる。

 少ないお金と木の枝。


 「ごしゅじんさまー!」


 それをマロンが持ってきてふりふりと尻尾を振る。

 いつものように頭をナデナデしてやるとその尻尾が一層速く振られる。


 「なでなですきー!」


 そういって満足気な顔をする彼女。

 

 その後ろから大きな影が迫る。

 撫でられることに夢中で彼女はそれに気づいていないようだ。

 鋭敏な耳も鼻も感覚さえもナデナデの前では意味をなさなくなるらしい。


 俺は咄嗟にマロンを抱いて、後ろに置く。


 俺たちを狙った獲物はオークらしい。

 豚の顔をした大柄な人型の魔物。

 知能は低いが力がわりかし高いとされている。

 そのオークの拳が俺に迫る。


 それが届く前に俺はオークの腹を握り拳で突く。

 ――ただのパンチだ。

 しかしそれが当たると衝撃波の様なものがまわりに轟き、草木が揺れる。

 オークはパンッと音を立てて消滅。

 そこから報酬の先程よりも多いお金と肉が出てくる。

 今日は肉料理だな。


 「ごしゅじんさま、すごーい!」


 俺の前で手を目いっぱい上に伸ばす彼女。

 そうか。

 俺は屈んで頭を彼女の前に差し出す。


 そうするとマロンは小さな手で俺の頭を撫でてきた。

 この子は天使なんだろうか?


 「ごしゅじんさまもなでなで、すきー?」


 「ああ、好きだぞ」


 そういうとパッと凄くいい笑顔でその手を速くする。

 うん、めっちゃ癒されるな。


 ♢


 そんな可愛い我が子は町でも人気者である。

 獣人自体は人間に比べると少ないが、珍しいものではない。

 この町では特に差別があるわけでもなく、みんな友好的だ。


 「お嬢ちゃん可愛いねー」


 この日も道行くおじさんに声をかけられた。

 背の高く紳士的な装いの小奇麗なおじさんである。


 「えへー」


 褒められたのが嬉しいのか、照れて顔がふにゃふにゃになる彼女。

 

 「それじゃあまたね、可愛いお嬢ちゃん」


 「ばいばーい」


 去っていくおじさんにおおきく手を振る。

 おじさんも小さく振り返してその場を去っていった。


 そして目的である買い物をして我が家に戻った。


 ♢


 「おやすみなさーい」


 「おやすみ」


 夜になり、少々早いが彼女は眠りにつくために自室に戻る。

 

 そして夜は更けていき――。


 ん? なんだ?


 家のドアが開く音がかすかに聞こえ、俺は目を覚ます。

 マロンか? まさか外へでた?


 いや、違う。

 家を歩く足音がわずかに聞こえる。

 本人は消しているつもりだろうが、あまい。


 そして部屋のドアを少し開いてみると暗い家に人影が見え、それがドアを開いた。

 ――マロンの部屋だ。


 「おい」


 俺はその背後に迫り、手で口を塞いで体を固める。

 幸いまだマロンはすやすやと眠っている様だ。

 まったく、集中している時でないとその自慢の感覚は発揮されないのか……。

 少し呆れるがそこもまた可愛い一面ではないだろうか。


 ともかくここで物音を立てるわけにはいかない。


 「テレポート」


 家の外にその怪しい人物と瞬間移動する。

 この魔法は実に便利だ。


 そしてその人を放す。

 月明りに照らされ、その人物像が浮かび上がる。

 ――町で会ったあのおじさんだ。


 チッ、こんな紳士みたいなのに変態だったか。


 「なんのようだ?」


 そう問うと一瞬ビクついたおじさんだが懐から刃物を取り出す。


 「くらえ!」


 振り下ろされるナイフを片手で止める。


 「え? この! この――」


 必死で手を振り払おうと力を入れるおじさんだが、もうそれは叶わない。

 相当焦っているのか額から汗をダラダラと落としながら、青い顔を晒す。


 この世界で数少ないSランク冒険者、それに手をだそうなんて。

 俺を誰だかわかっていなかったのか?


 まあ、いい。

 この変態ロリコン野郎を成敗してくれる。


 俺はその汗で艶やかになった額にもう一つの手を持っていく。

 

 「すまない、あの子があんなに可愛いからつい。謝る、謝るから! や、やめ――」


 そしてデコピンをしてやり、同時に手を放す。

 なんともおもしろいように何度も後ろに転がっていくロリコン野郎。

 

 そして気を失ってしまったそいつから異臭が漂う。

 どうやら糞尿を漏らしてしまったようだ。

 

 「もう、マロンに近づくなよ」


 もはや聞こえはしないセリフを吐き、テレポートで音を立てずに自室に戻った。


 ♢


 朝を迎えた。


 「おはよー」


 まだ夢見心地のマロンが目を擦りながらリビングにやってくる。

 なんとも、昨日の自分の危機がわかっていないのんきな顔だ。


 「おはよう。歯を磨いてきなさい」


 「はーい」


 そのままゆっくりと言う通り洗面所に向かっていく。

 

 まあ、いいさ。

 俺はこんなに可愛い我が子の安眠を守れたんだ。

 いつまでもこの子には幸せでいてほしい。


 「わー! おいしそー!」


 戻ってきて朝食に目を輝かせるマロンを見て、俺はそう深く思うのだ。

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