2 トチ狂った彼とランチ

「Hi good girl」

「Hi crazy shy boy」

「クレイジー! なかなか面白いこと言うね」

「有馬くんは、とても熟成されたイカレ具合いだと思うわ」

 ”お褒めに預かりまして”と、にこやかに受け答えする有馬が怖い。

「褒めているつもりはないけれど、受け取り方は自由よね」

 蜜花みつかはランチボックスのバッグを指に引っ掛け、両手を広げて”i don't know(さあ?)”のポーズをとって見せた。


 昼休み、柊木蜜花と有馬拓の二人は屋上にいた。高いフェンスに囲まれている為ロマンチックとは言い難いが、なかなか涼し気だ。

 近年は秋と言ってもまだ暑い日があった。無論、冬でも暑い日はある。

 あちこちに設置されている白いベンチは手入れが行き届いており、お洒落に見えた。

「さあ、とっととお昼にしましょ」

「情緒とかないの」

 蜜花の事務的な誘いに有馬が不満を漏らす。

「じゃあ、一句読む?」

「いつの時代の逢引きだよ」

 実に不満の多い男だ。


 そもそもこうなったことには理由がある。

 このトチ狂った男を何とかせねばと決心を固めたものの、何気なくコンタクトを取るにはハードルが高い。そこで蜜花は有馬にある提案をしたのだ。

『再確認になるけど、有馬くんは青城くんと馨ちゃんをくっつけたいんだよね』

『蜜花ちゃんは反対するだろうが、そのつもりだ』

『その手段としてわたしのことが好きだと嘘をついた』

『その件については、巻き込んで申し訳ないとは思っている』

 ”良かった、多少はまともな部分もあるのね”と心の中で安堵のため息を漏らす、蜜花。


『それを知った青城くんは、わたしと有馬くんをくっつけようとしている』

 非常に迷惑な話だが仕方ない。

『そのようだな』

『つまりこの先、不仲だと余計に面倒なことになり兼ねないと思うのね』

『なるほど、それは一理あるな』

『なので、あえて仲良いフリをしましょ』

『それは名案だ』


 ──有馬くんは意外とちょろい。

 説明して納得したら賛成してくれるタイプね。


 その後、連絡先を交換し昼は一緒に食べようと約束した次第である。

「ところでシャイボーイと言うのは?」

「なんか馨ちゃんから聞いたんだけど、青城くんが”有馬はシャイだから”と言っていたみたい」

 ”シャイには見えないけどね”と付け加えると、有馬が面白そうに笑う。

 彼はとても温厚な人ではあると思う。笑っていても目が笑っていないと言う人はいるが、有馬はそうではなかった。

 蜜花がどんなに失礼なことを言おうが気分を害する様子はない。


 ──でも、トチ狂った人って温厚でマイペースな人の場合が多いから。

 有馬くんの場合はどちらかと言うと、何にも興味なさそうなんだよね。


「何してるの?」

 ベンチに腰掛けると有馬がバッグから小型のスピーカーを取り出すのが見えた。

「音楽でもかけようかと思って」

「みんなの迷惑にならない?」

「屋外だし、距離離れてるし大丈夫だろ」

 やはり有馬はマイペースだなと思う。彼がスマホにコードを繋ぐのを眺めながら、蜜花はランチボックスのバッグを開けた。

「有馬くんはどんな音楽聴くの?」

「紅に影響されているからR&Bが多いかな」

「へえ、意外。ダンス曲とかファンキーな音楽聴きそうなイメージ」

「R&Bもノリがいい曲が多いから、あまり変わらないかもな」

 ”テクノも聴くよ”と言う彼に、”似合うね”と言葉を漏らす蜜花。


「蜜花ちゃんはどんなの聴くの?」

「メタルとかロックかな」

「似合……わないね」

「本音をどうも」

 接続を終え、音楽の再生に触れる彼。流れ出したのはリズムの良いピアノ曲だった。

「R&Bでもテクノでもメタルでもロックでもないけど?」

 蜜花のツッコミに”そうだね”と有馬は笑う。

「でも、これ紅が好きな曲だから」

 そう言って微笑む有馬の横顔はとても穏やかだった。


 ──そんなに大切に想っているのに、どうして裏切るんだろう?

 わたしにはやっぱり理解できないよ。

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