3 微妙過ぎる口実

蜜花みつか、探し物見つかった?!」

 声のする方に視線を向けると女子生徒と思しき者が廊下の先から走ってくるのが分かった。

 ”どいつもこいつも、廊下を走ってはいけないと言うことを知らないのか?”と紅は呆れ顔でその生徒を眺める。

「あ、青城あおきくんに有馬ありま

 軽快に走ってきた女子生徒はスカートの裾を整えながら立ち止まった。

「絶対領域」

「うん? 何か言った? 青城くん」

「いや、何も」

 学校指定のスカートにニーハイソックス。サラサラロングのこげ茶色の髪。美少女と名高い、この女子生徒の名は【荻那おぎな かおる】という。紅もよく知る人物であった。

 以前から非常におモテになるらしいが『荻那には、好きな人がいるらしい』という噂が飛び交い、その相手が自分ではないかと思った男子生徒が次から次へと告白に出向いた結果、全員惨敗したらしい。アホな奴らである。


「うん、見つかったよ。青城くんが拾ってくれたみたい」

「青城くんが……」

 蜜花の言葉に荻那が何故かこちらにチラリと視線を向けた。

 何も悪いことはしていない。ただクリップを拾っただけである。パンツの中にしまった覚えもない。

 何か文句でも? という視線を返せば、荻那は慌てて笑みを浮かべた。

 可愛らしい女子が談笑をする姿は花があるなと思いながら紅は有馬に視線を移す。すると彼は複雑な表情をして二人を見ている。

 もしかすると蜜花に声をかけようとしていたところに荻那が来て困っているのかもしれない。そう感じた紅は、やはり俺が一肌脱ぐしかないなと思った。


「荻那、ちょっといいか?」

 紅が軽く手を挙げ用があると言うように声をかけると、荻那は『欧米的な挙手の仕方ね』と数度頷く。

「グローバル的な理解は大切だからね」

「別にわたしは青城くんが”あれ”だとか思ってないわ」

 含みを持たせた言い方をし、クスクスと笑う荻那。

「まあ、日本は平和な方だけれど」

 そもそも手の挙げ方を見て”あれ”だと感じる日本人の方が少ないはずだ。真っ直ぐ上げるものだと学校で教わるが、では教師は”あれ”なのか? という話だ。あれとはつまり……。

 

 日本は不思議な国である。手の挙げ方はネオ〇チを連想させるものであるらしいし、店員の呼び方も海外からするとマナーが良くないと感じるものという。

 確かに大人を大声で呼びつけるのは、冷静かつ客観的に見ると異常な行動なのかもしれない。だが店員側からすると日本の多くの飲食店はガヤガヤした場所が多いので、小さな声では聴こえないという実情もあるだろう。

 そう考えると、日本人は煩い民族なのだろうか?

 外国人からするとおかしなところはたくさんあり、指摘されるとその通りだなと思うところもある。


 例えば日本語は『はにをが』が大切だと言うが、会話で『はにをが』を使うのはビジネスでの交渉の場面くらいではないのだろうか。

 通常、職場でも学校でも『はにをが』を使って話す人は少ないように感じる。入れるのと入れないのでは意味は同じでも、ニュアンスが変わってくるというのも理由の一つだろうか。

 『ねえ、ご飯食べる?』と問う人はいるかもしれないが、『ねえ、ご飯を食べる?』と言う人は見かけない。


「で、何かな?」

 後ろに手を組んでこちらを覗き込むように見上げる荻那は、やはり整った顔をしてた。有馬の周りの女子は美形が多いなと思う。

「ちょっと頼みたいことがあるんだが」

 その中でも荻那とは仲が良い方だと自負していた。

 ”あいつに柊木さんと仲良くなるチャンスを作ってあげたい”と耳打ちすれば、『仲悪かったっけ?』と不思議そうな顔をするも意図は理解してくれたように見える。だがその後の展開は紅にも予測不能だった。


「蜜花、有馬」

 二人に呼びかけながら紅の腕に手をかける荻那。

 あまりにもナチュラルなスキンシップに荻那を二度見した紅。

「そういえば今日は青城くんと『日本の今後の発展について』語る約束してたの」

 ”そんな約束してたっけ?”と眉を寄せるが、ぎゅっと腕を掴む手に力を入れられて口実だと理解した。それにしても語る内容が微妙過ぎる。

「そんなわけで、今日は二人で帰るから」

 ”じゃッ”と、荻那はもう片手で敬礼のポーズを作って。

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