消え去った記憶の中で、拳を振るう

海湖水

前編

 「ねえ、ゲームしよ‼︎ヒロくんの家でさ‼︎」


 わかった、格ゲーでいい?

 その質問に、彼女は頷いた。

 学校の休み時間に、彼女と話す自分の姿が見える。

 この頃は、まだメガネをかけていたんだっけか。曖昧な記憶の中で、彼女の姿だけが、くっきりと映し出されていた。


 「じゃあ、放課後ね‼︎」


 彼女の声も少しずつ遠ざかり、意識が朦朧とし始めた。

 


 「朝か」


 布団の中で、ヒロトは目を覚ました。スマホを確認すると、時刻は5時半だ。よかった、まだ出るまで時間がある。

 ヒロトは布団から起き上がると、部屋の隅に置かれている机に座った。

 机の上には、いくつかの本に、無造作に置かれた紙、そして、一つのフルダイブ型VRマシンが置かれていた。

 見た目は、ヘルメットにゴーグルが付いているようだった。ヒロトはそれを取ると、自分の頭に取り付け、ゴーグルの中に映し出されたスタートボタンを押した。


 「昔は感動したもんだけど、今じゃこれが普通だからな……」


 ヒロトが呟き終わるよりも早く、ゲームのログインはスムーズに終わった。


 「あれ、ヒロ〜‼︎何してんの〜?ヒロっていつも、朝はログインしないじゃん〜」

 「今日は早く起きたからな」

 「みんな〜‼︎ギルドマスターがやって来たよ〜‼︎」

 「マジで⁉︎マスター、おはようッス‼︎朝にログインするって珍しいッスね」

 「まあ、すぐにログアウトするけど……」


 ヒロトがログインすると現れたのは、二人のフレンドだった。現実世界では会ったことがない、所謂、ネフレというやつだ。

 一人は露出の多い、女性型のキャラ。黄金色に輝く髪の毛と、骨でできた装飾品が、煌びやかに光っていた。

 もう一人は、全身真っ黒なローブで身を包んだキャラ。ローブの下に、さまざまな武器や銃弾がチラチラと見えた。

 同じギルドに所属しているだけに、会う頻度はこの二人が最も多いだろうか。視界の左上を見ると、「フレイ」「グラムログ」の名前が表示されていた。


 「ヒロ〜、私、このボスに一人じゃ勝てなくてさ〜。だから今夜手伝って欲しいんだけど〜」

 「フレイ、お前の職業って、魔術師だろ?このボスのドロップアイテム、アサシン職しか使えんぞ?」

 「じゃあ、ランメに装備させればいいじゃん〜。ね〜え〜‼︎お〜ね〜が〜い〜‼︎」

 「まあ、いいけどさ……。グラは来るのか?」

 「あ、俺も行くつもりッスよ。フレイのバカがうるさいもんで。ランメはどうなんスかね?」

 「あ、ランメは来るって言ってたよ〜」

 「じゃあ、今夜行くか」


 このゲーム内では珍しい、メンバー数が10人以下の、超少人数ギルド「Welcome happy hell」。

 特徴は主に3つ。

 一つ目はギルドメンバー全員が、レベルを最大まで上げているということ。

 二つ目はギルドの総人数が10人以下であること。このゲームでのギルド創立可能人数ギリギリである。新しく入ってくるプレイヤーもほとんど認めないため、必然的にギルドのメンバーが少ないのだ。

 そして、三つ目。それは、このギルドが、このゲーム内で最も有名な「PKギルド」の一つ、ということである。


 「そういえば、もうすぐ大会が始まるッスね。マスターは見るんッスか?」

 「俺は……いいかな。知り合いが出てるんだけど……、そいつとは仲が悪いし」

 「あ、なんかすみません」

 「いや、いいよ。……ごめんな、俺の我儘で、大会に出るのをやめてもらってて」


 基本的に、「Welcome happy hell」のメンバーで戦闘員は、ギルドマスターのヒロ、魔術師のフレイ、狙撃手のグラムログ、そして暗殺者の藍芽ランメだけだ。

 毎年行われる大型大会は、4人で1チームのチーム戦である。そのため、他プレイヤーから嫌われ、自ギルドのメンバー以外とチームを組む選択肢がない「Welcome happy hell」メンバーは大会に出る場合、この4人でしかチームは組めない。

 しかし、ヒロは大会に出るのを極端に嫌がっていた。


 「いいよいいよ〜。私たちも、別にヒロの嫌がることをしたいわけじゃないし〜。まあ、大会に出てないから、このギルドのメンバーがバレてないところもあるし〜?顔知られると面倒じゃん〜、特にPKギルドって〜」

 「そうッスよ‼︎でも、大会に出たくなったら言ってくださいね‼︎俺たちも頑張るんで‼︎」

 「ありがとう……じゃあ、そろそろログアウトするよ」


 右上にあるメニューから、そのままログアウトボタンを押した。

 現実世界に戻って来た途端、身体中に汗が吹き出す。まだ夏は来ていないというのに、「彼女」に関係する話が出たからだろうか。


 

 「行ってきます」


 そう呟くと、ヒロトは家のドアを閉めた。まだ車があまり走っていない時間だからか、小さな声で言ったにも関わらず、声はしっかりと聞こえた。

 ヒロトの職場は、ヒロトの家から徒歩で10分ほどのところにある。しかし、ヒロトはその道中が、この時期は苦痛だった。


 『今年もこの大型大会がやってくる‼︎今回は世界第3位の人気プレイヤーである桜花選手も参加‼︎』


 視線の先には、ビルに大きく映し出された、ヒロトがしているゲームの大会の広告があった。

 ああ、この広告で、今年は彼女が出るのを知ったんだっけか。そんなことを思いながら、ヒロトは職場へと足を進めた。



 「ヒロトって、このゲームしてるんだよな?」

 「ああ、何でだ?」

 「そんなに面白いのか、って思ってさ」

 「まあ、面白いぞ。俺はこういうゲームよりは、もっと戦闘を重視したやつが好きだけど」

 「じゃあ、何でお前はしてるんだ?」


 会社から帰る時、同僚にヒロトはこんなことを聞かれた。

 同僚の言葉に、ヒロトは何も言えなかった。口ごもり、適当に茶を濁して、家へと帰ってきた。帰り際に見えた広告塔に、自分のプレイする理由が見えた。


 「大会、か……」


 出るのは嫌だった。彼女にもう一度会うのが、怖くて怖くてたまらなかった。

 それでも、自分はズルズルとこのゲームを続けている。競技としてプレイしているプレイヤーとレベルは変わらない。いつか、大会に出て、彼女と戦うから、とPKを行ってきた。対人戦のためだけに、他のギルドを襲撃して、悪名をゲーム内に知らしめた。

 

 「あれ、マスター、ちょっと早いっすよ?」


 ゲームには早めにログインした。すでに、今日のボス戦のために3人は集まっている。

 ヒロトは覚悟を決めた。このまま「怖い」という感情にとらわれていても、あの時の約束を果たす日はやってこない。

 このまま、彼女に忘れられたままなら…。

 ゆっくりと開いた口からは、自分の本音が漏れ出していた。


 「みんな、お願いがあるんだ。……俺と、大会に出てほしい」

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