救世少女たちのリビルド:Red and Blue

かわべり

プロローグ

Day 00

第0話 救世少女との出会い

 強く揺れた。

 真っ逆さまに落ちていく錯覚のなか、神崎かんざき大翔はるとは目を覚ます。

 現実には、彼の身体は輸送車の中の冷たくて硬い座席の上にあった。

 規則的なエンジン音が響き、時おり車両全体が大きく揺れている。

 自分がを輸送するための車の中にいる。それは分かる。

 しかし神崎は失見当識におちいった気分で、今までの経緯が思い出せない。

 視線を周囲に向ける。

 暗くて狭い箱型の空間には、彼の他に五人の武装兵がいた。

 頭部全体を軍用ヘルメットで覆い、膝の上で小銃を抱えている。

 威圧的な空気に狼狽うろたえて手足を動かすが、何かがそれを拘束した。

 身体が座席に縛り付けられていたのだ。 

 首元にも、何かの機器が装着されている。

 安全なものだとは思えない。

 少なくとも、充電式ネックマッサージャーなどではない。

 彼の思考を先におおいつくしたのは、パニックではなく緊張だった。

 それ以上愚かしい反応は表に出さず、一日の行動を振り返る。 

 昼頃に起きて仕事に行って深夜に帰宅して……記憶はそこで終わる。

 その中に〈輸送車〉など影も形もなかった。


「あの――」


 武装兵の一人に話しかけようとして、防弾ベストの紋章に気付く。

 他の四人の武装兵の胸元にも、同じものが書かれていた。

 神崎の時間は止まる。心臓まで拘束されてしまったかのように。

 その紋章に、描かれているのは。

 交差したオリーブの枝の輪と、花弁のような曲線の輪郭をもった盾。

 その下には四つのアルファベット――〈H.C.S.D.〉。 

 それが何を表しているのかは分からない。見覚えもない。

 なのに、とても重大なものに感じた。

 脳の奥深くの領域が励起れいきして、何かを訴えかけているようだ。


「話すな。まだ、眠っておけ」


 一人が、ヘルメット越しに片言かたことじみた日本語で言う。

 煙草たばこのライターのような形のスイッチを取り出し、押した。

 首元の装置から電流が貫き、彼の意識は閉じられた。


 * 


「――ね、起きて。はやく起きなさいよほら」


 またしても強い揺れだった。

 頭を掴まれ、ぶんぶんと前後左右にすられている。

 それが終わったかと思うと、今度は強めのビンタが三発とんできた。


ってえ……」


 神崎は目を開く。

 場所は相変わらず、輸送車の後部座席だ。

 だが車はすでに停まっているようで、武装兵の姿もなかった。


「あなた、馬鹿みたいに眠り込んでたけど馬鹿なの?」


 代わりに、まったく見覚えのない少女が不満に顔面を歪ませている。

 長い髪をツーサイドアップにんで、黒いライダースーツを着ている。 


「……誰だ?」


「わたしは――」


 何かを答えようとした彼女の背後に、武装兵が一人迫っていた。

 先刻見たのと同じ〈H.C.S.D.〉の紋章。


「――動くなっ!」


 小銃を向ける武装兵に、少女は無抵抗の意志を示すように両手を挙げる。

 が、実際に降伏したわけではない。

 少女は手を挙げたまま、ゆっくりと背後を振り返り、そして。

 次の瞬間、彼女のてのひらから炎が噴き出し、武装兵を襲った。

 防弾ベストが燃え、武装兵は苦痛に悶えて――すぐ動かなくなる。

 彼女の手に、火炎放射器の類は握られていない。

 手品の種を探るように彼女の手を見つめる神崎に、少女は向き直って、


「大丈夫。あなたはわたしの敵じゃないわ」


 子供をなだめるような声色で言った。

 言うなら普通「わたしはあなたの敵じゃない」だろう、と神崎は思う。


「あなた、神崎大翔くんよね?」


 訊きながら、腰に掛けたポーチから出した写真を見せつけてくる。

 それは確かに自分だが、こんなものを撮られたおぼえはない。


「ぁあ……っ」


 いつどこで撮影したのかと詰問しようとして、掠れた音が喉かられる。


「あら、緊張で喉が渇いちゃったのかしら?」


 今度はポーチから、水の入ったペットボトルを取り出してきて、


「はいこれ飲んでー」


 ボトルの口を押しつけてくる。

 咥えた神崎の体内に、傾けられたボトルの水が流れ込む。


「おぉっ、すごい飲みっぷり!」


 なぜか嬉しそうな彼女を見て、迂闊だったと後悔する。

 あきらかに怪しい女が差し出してきた水を飲んでしまうとは。

 だが、喉が渇いていたのは事実。

 肉体の欲求には逆らえないのだと、それらしい言い訳をつけておく。

 そろそろ喉もうるおったところで、しかし水流は止まらない。

 それどころかボトルの傾きは大きくなり、そのまま顔に対してほぼ垂直になった。


「……ぶはぁっ⁉」


 当然、途中で耐え切れなくなり、むせた。


「なんだ、要らないならもう要らないって言えばいいのに」


 ぜーはーと濁った呼吸をする神崎に、少女が一方的に話し出す。


「わたし、和泉いずみ紗香さやかって言うの。あなたを――」


 乾いた音が彼女の声を掻き消して、輸送車の窓ガラスが散った。


「今のって、銃声か……⁉」


「そうね。あまり時間がないみたい。来て」


 どうして彼女はこんなにも冷静でいられるのだろう。

 銃声など、現代の日本では耳にすることはまずないはずなのに。

 和泉紗香と名乗った少女は、輸送車の外へと出て行こうとしていた。

 神崎は慌てて立ち上がり、彼女の手を掴む。


「おいおい、待てよ。今の銃声聞いたろ? 絶対に外は危険だ」


「車内が安全みたいな言い方ね。さっきガラスが割れるの見たでしょ?」

 振り向きもせずに言って、歩いていく。


「だいたいね。奴らの狙いはあなたなの。中まで来るに決まってるでしょ」


「なぜ俺を狙う? そもそも今の状況すら理解できてないんだ、俺は」


「逆に訊くわ。あなたを輸送する車両を襲撃する狙いが、あなた以外にある?」


「……」


 神崎は押し黙った。


「まあ、今回襲撃したのはなんだけど」


「……はい?」


 結局、状況が何も理解できないまま、神崎は外の光景に言葉をうしなった。

 輸送車の外は暗闇で、天気は大荒れだった。

 夏嵐の夜。

 道路の中で乱雑に停められた車両の周りに、武装兵が何人も倒れている。

 そして武装兵の防弾ベストからほのかに立ち昇る、黒煙こくえん


「まさか……これ全部、お前がやったのか?」


「まあね」


「死んでる、よな……」


 和泉紗香は答えない。そのことが答えになっていた。

 二人の沈黙の間は長くなく、すぐさま二度目の銃声が空気を裂いた。

 紗香が瞬時に音のした方を見る。その隙に、彼女の背後にいた神崎は、


「……ぐはぁっ⁉」


 顔面に強い衝撃を受け、何かに弾き飛ばされた。

 輸送車の車体に頭を打って、もたれ掛かるようにしてその場に崩れる。 


「神崎くん――ッ⁉」


 振り返ろうとした紗香も背後に衝撃を受け、地面を転がった。

 彼女は、周囲に視線をはしらせる。

 二人は、十数人の武装兵に完全に包囲されていた。

 が、銃を構えるだけで、今なお攻撃しているはずの敵の姿が見えない。


「――ぐっ」


 背中を上から強く押さえつけられ、紗香は身動きができなくなる。

 首だけを回して上を見ると、女が、紗香の背中を踏みつけていた。

 それも、一切の衣服も身に着けていない、全裸の女が。

 その女の顔つきは西洋的で、金色の短髪が地毛であることがうかがえる。

 紗香は右手の拳を、と握った。

 それを開いた左のてのひらに勢いよく合わせ、〈抱拳礼ほうけんれい〉のような動作。

 彼女の両手が一瞬だけ赤く光り――包囲する武装兵の身体が突如、燃える。

 誰もが地に倒れていくなか、和泉紗香は立ち上がる。

 次の瞬間、またしても紗香の目の前に、全裸の女が現れた。

 誰もいなかったはずの空間に。まるで瞬間的に出現したかのように。

 上段廻し蹴り。高く上げた足の甲が、紗香の顎に真横から接近した。


「やっぱり、あなたなのね、〈モルガン〉」


 紗香は素早く身をひるがえす。長い髪がふわりと舞う。

 そのまま身体をひねりつつ姿勢を落とし、足元に滑り込む。

 モルガンの足首に膝を掛けて胴体を掴み、横に倒れこむように投げた。

 全裸で仰向けに転がるモルガンを上から組み伏せ――一度、戸惑う。


「どうしたの? 容赦なく使っちゃいなよ、発火能力パイロキネシス


 あおるモルガン。紗香はその顔面に拳を振り下ろす。

 が、寸でのところで受け止められる。


「何それ、あたしのことめてるってこと?」


 言下げんかに、モルガンのひとみから激しい閃光があふれだす。

 目を合わせていた紗香の視界が、くらんだ。 


「こっちは能力全開フルで行くからッ‼」


 モルガンの廻し蹴りが、今度は紗香の顔面に直撃する。

 その直後、モルガンの姿が見えなくなる。

 彼女の超人的な脚力きゃくりきが炸裂し、紗香は後頭部を車両にしたたかに打った。

 その隣には――今にも気を失ってしまいそうな、神崎大翔がいた。


 神崎かんざき大翔はるとの視線は、脱ぎ捨てられた防弾ベストに固定されている。

 過度に拡大した瞳孔が〈H.C.S.D〉の文字列を映す。

 どうして。

 どうしてこんなものがあるのか。

 ここにあることが、何を意味するのか。

 彼は記憶を検索する。

 とざされた扉を、合鍵あいかぎのないじょうを、こうとする。

 必死に。少女たちの激しい戦闘など、問題外に思えるほどに。

 扉の向こうに、欠けてはならない自分の一部があるのだとでもいうように。


「――ねえ」


 ――再検索


「できれば、こんなことはしたくなかったんだけど」


 ――検索失敗


「あなただけでも助かって欲しいから」 


 ――403 Forbiddenアクセス拒否.


「だって、あなたは最強の能力者だから」


 ――403 Forbiddenアクセス拒否. 403 Forbiddenアクセス拒否. 403 Forbiddenアクセス拒否.


「だから、ちょっと――いや、かなり痛いけど我慢してね」


 瞬間、左肩に激痛がはしった。


「――ッ!?」


 意識が現実に引き戻される。

 紗香が、ピストル型の注射器を神崎の肩に突き刺していた。

 注射筒シリンジ内の緑色の液体が、体内へと注入されていく。

 視界が極彩色ごくさいしきおかされて、万華鏡のように、まわる。

 あまりの痛みに気を失いそうになって。

 爆発的な大音響がとどろいて。

 輸送車両の硝子ガラスが砕け散り。

 超音速の衝撃波が、何もかもを吹き飛ばす――。

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