座敷わらし

口羽龍

1

 橋本奈那子(はしもとななこ)は母、玲奈(れいな)と共に東京から岩手に向かっていた。奈那子は本当は東京にずっといたかった。だが、玲奈の命令によって、岩手の母方の実家に引っ越す事になった。すでに荷物は引っ越し業者によって岩手に送られていて、後は新幹線などで母方の実家に向かうだけだった。


 奈那子は下を向いていた。東京を離れるのがいやだからだ。冬休み前に東京の学校の生徒にお別れをしてきた。奈那子はとても涙を流していたという。


 玲奈は高校を卒業して上京して以来、東京に住んできた。大学を卒業後は、OLとして働いた。その会社で、太郎という男と親しくなり、やがて結婚した。そして長女の奈那子を設けた。だが、、太郎には浮気癖があり、何度も離婚していた。それを知らない玲奈は、普通に3人で暮らしていた。だがある日、太郎の浮気が発覚した。玲奈は何度も聞いたが、浮気はしていないと言う。何度もバレバレの嘘でごまかす太郎に嫌気がさした玲奈は、離婚する事になる。そして、岩手の実家に引っ越す事になった。もう太郎の事も、何もかも忘れようというのだ。


「はぁ・・・」


 合流した引っ越し業者のトラックの中で、玲奈はため息をついていた。どうして人は浮気をするんだろう。それは本能だろうか? もうそんな男にはもうあきれた。自分は自分で、奈那子とともにひっそりと、実家で生きよう。


「お母さん、大丈夫?」


 突然、奈那子の声がした。玲奈は横を向いた。奈那子が横にいる。それだけで安心できる。


「大丈夫、奈那子は?」

「だ、大丈夫だよ・・・」


 だが、奈那子は全く大丈夫じゃない。東京がいまだに恋しい。もっと東京にいたかったのに。どうしてこんな田舎に引っ越さなければならないんだろう。


「そう。全く、あの人にはあきれたわ」


 奈那子は今でも、太郎の事を腹立たしく思っていた。




 それは数か月前の事だ。太郎はいつものように居酒屋から帰ってきた。以前から太郎は、女性と仲良くしているところを近所の住民が見ていて、玲奈はその事をよく知っていた。交際の事を、太郎は否定しているが、近所の住民の話に嘘はない。今日こそは問い詰めてやる!


「あなた、またあの人の所に行ってたの?」

「ああ。それで何が悪い!」


 太郎はあっさりと認めた。だが、今でも玲奈の事を世界で一番愛している。直に別れる。だから別れないでくれ。


「私を愛してないの?」

「愛してるさ。なのに、何だよ」


 太郎は当たり前のような表情をしている。だが、玲奈にはそれが嘘とわかっている。


「じゃあ、あの人の所に行くのはもうやめて!」

「いいじゃないの。楽しみなんだから」


 太郎は、いろんな女性に会うのがとても好きだった。誘われたら、絶対に断れない。そしていつの間にか、それが交際に発展してしまう。


「玲奈・・・」

「もう離婚よ、離婚!」


 そして、2人は離婚した。だがその様子を、奈那子は見ていなかった。すでに寝ていたからだ。それを知ったのは、数日後だったという。




 玲奈は拳を握り締めていた。太郎がまたここを訪れたら、突き飛ばして追い出してやろう。もうあんな奴に付き合いたくない。男なんて嫌いだ。


「もうあの人の事、思い出したくないわ。だから、これから東北の実家で暮らそうと思うの。いいでしょ?」

「うん。いいけど、東京の方がいいよ」


 それでも奈那子は、東京がいいと言う。だが、玲奈はその話に聞き耳を持たない。


「文句言わないの。お母さんの言う通りにしなさい」

「でも・・・」


 突然、玲奈は奈那子にビンタをした。奈那子は驚いた。


「いい加減にしなさい!」

「ごめんなさい・・・」


 だが、玲奈はすぐに表情を変え、車窓を見た。とても懐かしい風景だ。高校までは見慣れた。大学生になり、就職してからもちょくちょく訪れた。


「この光景、懐かしいわー」

「ふーん・・・」


 だが、奈那子は興味がなさそうに見ていた。全くつまらない、東京がいいと思っているようだ。


「この雪景色、きれいだと思わない? 東京ではめったに見られないんだよ」

「そ、そうだね」


 この辺りは雪が多くて、積もる事も少なくないらしい。東京ではあまり見られない雪景色。奈那子は見とれていた。だが、心は晴れない。


「ここでまた暮らせるなんて、嬉しいわ」

「そうなんだ」


 玲奈はまたここで暮らせるのが嬉しかった。もう暮らす事はないだろうと思っていたのに、自分の判断で。


「嬉しくないんでしょ?」

「うん」


 玲奈にはわかっていた。奈那子は東京の方が好きだ。いつかまた、東京に住みたいと思っているんだろう。


「受け止めなさい」

「わ、わかりました・・・」


 玲奈は前の風景をじっと見ていた。もうすぐ実家に着く。辺りは田園風景になってきた。この時期は農作業はしておらず、辺りは静かだ。


「もうすぐね」


 それから1分も経たないうちに、トラックは大きな民家に着いた。ここが玲奈の実家だ。実家には祖母が1人で暮らしている。去年までは祖父がいたが、去年の春に亡くなった。


「着いたわ」

「ここ?」


 2人はトラックから降りて、民家をじっと見つめた。何度も見てきた光景だが、これからここに住むのだ。どんな生活になるだろう。玲奈は楽しみにしていた。一方、奈那子は不安でいっぱいだ。ここは子供が少ない。そんな中で、たくさんの子供と仲良くなれるんだろうか?


「うん。ここがお母さんの実家なの」


 だが、奈那子は全く興味がなさそうだ。東京のような、住宅がいっぱい立ち並んでいる、近代的な風景がいいに決まっている。


「興味ないの?」

「いや。緊張してるだけ」

「ふーん」



 だが、玲奈にはわかっていた。緊張なんかしていない。東京の事ばかり考えているんだろう。


「おばあちゃんに挨拶するんだよ」

「うん」


 2人は玄関に向かった。だが、反応はない。祖母は家の中にいるようだ。


「こんにちはー」


 玄関を開けると、懐かしい香りがする。ここが故郷だ。そう思うと、玲奈はほっとした。


「おかえりー、あら、奈那ちゃんも」


 玄関を開ける音に反応して、祖母、トクがやって来た。トクは白いエプロンを着けている。


「よ、よろしくお願いします」


 奈那子は少し緊張している。ここからこの家で生活する。少し緊張している。


「これからよろしくね」

「はい」


 トクは嬉しそうだ。かわいい孫にいつでも会えるんだと思うと、心が和む。


「奈那ちゃん、ここが新しい部屋よ」


 トクは奈那子を2階に案内した。新しい部屋は2階にある。奈那子がここに引っ越すと聞いて、近所の人々と協力して、リフォームしたという。


 2人は新しい奈那子の部屋に入った。奈那子は驚いた。私のために、リフォームしてくれたとは。奈那子は少し嬉しくなった。だが、やっぱり東京がいいな。


「ここか・・・」

「子供が来るからって事で、近所の人々と協力して、リフォームしたのよ」


 トクは自信気だ。これで奈那子が気に入ってくれるといいけど。


「そうなんだ。ありがとう」

「じゃあ、1階に戻ってるわね」

「うん」


 トクは1階に戻った。引っ越し仕立てでまだまだやる事がいっぱいあるようだ。


 奈那子は窓の外の景色を見た。雪景色が見える。東京ではめったに見られない。こんなのが毎年見られるなんて。素晴らしいけど、ここの生活は東京と比べて豊かじゃない。この先、大丈夫だろうか? 不安でしかない。


 ひと段落がついた所で、トクは玲奈と話をしていた。


「で、これからどうするんだい?」


 トクはこれからの事を、玲奈と話し合っていた。東京で兼業主婦として暮らしていたが、ここに引っ越したら、どうしたいのか聞きたかった。


「やっぱり農業をやろうかなと」

「そう」


 トクはほっとした。ここ最近、農業をやる人が少なくなってきた。だが、若い玲奈が帰ってきて、農業をしたいと逸ってくれて、嬉しかった。


「もう都会の生活や男にはもううんざりだよ! だって不倫するんだもん」

「ふーん。でも、帰ってきてくれて、嬉しいよ」

「こちらこそ」


 だが、トクには悩み事があった。奈那がここの生活に慣れるかどうかだ。東京に比べて、子供が少ない。そんな中でここでの学校生活に慣れる事ができるんだろうか?


「でも、奈那ちゃんは慣れるかどうか」

「慣れると信じましょ?」


 だが、玲奈は信じていた。この子なら必ずここの生活に慣れるはずだ。


「そうね」

「東京の生活に疲れたでしょ? ここでゆっくりしなさい」


 トクはお茶を差し出した。玲奈はお茶を飲んだ。とてもほっとする。いつも飲んでいるお茶よりおいしい。これが本当のお茶だろうか?


「ありがとう、お母さん」


 その頃、奈那子は2階で東京の友達の写真を見ていた。友達は今頃、どうしているんだろう。心配だな。


「はぁ・・・。東京の友達、どうしてるかな?」

「心配なの?」


 奈那子は振り向いた。そこには玲奈がいる。玲奈は東京の友達の事を全く気にしていなかった。


「うん」

「いつか会えると信じて、頑張りましょ」


 玲奈は奈那子の肩を叩いた。大きくなったら、また東京に行けばいいさ。だけど、そこでの生活に疲れたら、いつでもここに帰っておいで。


「うん」

「いつかまた、東京に行けるように頑張ればいいじゃないの」


 だが、奈那子はまた東京に行けるようになるのか、不安だらけだ。


「だったらいいけど」

「まぁいいわ。直に慣れるだろうから」


 玲奈はまた1階に戻っていった。

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