スカビオサの散る朝に

雪村蓮

第1部

雪の日の天使

 雪の降る街の夜であった。白銀の粒が薄暗い空から降り注ぎ、肌を冷やす。布切れ当然の衣類を抱き締めながらノースは息を吐いた。

 茶色い髪に黒い瞳。痩せ細り肋が浮き出た身体では人一倍寒さが辛いであろう体躯の少年は孤児であった。母の顔も知らぬ内に捨てられ、見知らぬ商人と買い手の間を行き来し、とてもじゃないが劣悪としか形容できぬ環境で働いていた。


 ある種当然の扱いなのだ。


 十二世紀に起こった実験を機に、世界は一変した。時空に何らかの変化が発生した事で今までに無かったものが現れ、居たものが消えるなど生態系に大きな影響を与えるようになった。その中で最も人類に影響を及ぼしたのが、魔法だ。

 当初は異分子扱いを受けていた魔法使いが今では当たり前のように存在し、人権を獲得するにあたりそれは絶対的な条件なのだ。


 魔法が使えない奴は人間以下。そんな世界に生まれてしまったノースは今際の際に立っている。


 工場から同僚に背中を押され抜け出しし、街へ出たはいいものの田舎町で街灯は数少ない。なんなら家もないし、空いている店もない。右も左も分からず、どちらへ行けば助かるのかなんてノースには分からなかった。



(死ぬのはやだ)



 折角自由の身になったのだ、ここで死ぬ訳には行かない。それでも身体は言うことを聞かなかった。元より栄養失調気味の体はエネルギーを残していない。

 真紫の唇からは真白い息ばかりが出て声なんて出なかった。



「あなた、だいじょうぶ?」

「......?」



 少年は顔を上げた。



「酷い顔......うちの屋敷に行きましょう」



 そこに居たのは先ず間違いなく天使の少女であった。雪よりも美しい白銀の髪に、青空の色をした瞳。ふっくらとした頬の輪郭に、白のコートはふわふわとしており天使の羽のようであった。


 かつて誰かが話していた天使と同じだ。



「お嬢様ッいったいどちらに......ってどうしたのですかその子」

「分からない......でも凄く寒そうなの。連れて帰る」



 天使の声に、現れた女性は小さく息を零してノースを抱き抱えた。

 寒いけれど、温かい。ずっと薄着で徘徊していたノースにとっては天国の温もりでゆっくりと意識を落とした。疲労の溜まりきった身体にとってぬくもりは癒しであり、意識を落とす毒ともなる。



 ノースが初めて天使、後に仕えるお嬢様と出会ったのはまだ春の頭角すら見せない二月の雪の夜であった。

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