第10話 夜空の下の船上で


「ティーナ様……!!」

「ティーナ、」


 反対側の甲板に着いたティーナ達はアンジェラとリアーナの元まで駆け寄る。


「ごめんね、二人とも。いきなり、二人を置いて走り出してしまって……」

「いいのよ。それよりも乗れるボートを探さなくては」

「さっき、向こう側に女性優先ボートがあったわ。まだ、数があったから、今行けば、きっと乗れるわ。アンジェラ、リアーナ、二人は先にそれに乗って」


 カイルとセレクを置いてでも、助かりたい。ティーナはそう思えなかった。けれど、アンジェラとリアーナは案の定、反対する。


「何を言っているの? ティーナ、貴方も私達と一緒に行くのよ」

「ティーナ様を置いてなんて行けません。ティーナ様の侍女として、私はティーナ様と最後まで一緒にいます」


 ティーナはアンジェラとリアーナの言葉を聞いても、頷くことはなく謝罪する。


「二人とも、ごめんね。私はあと少しだけ、此処に残るわ。だから、先に行っていてちょうだい」


ティーナの揺るがぬ強い芯のある瞳にアンジェラはティーナの手をそっと取り優しく握る。そして、ティーナの瞳を見てから口を開く。


「わかったわ。けど、ティーナ。これだけは約束して。絶対に生きることを諦めないで」

「ええ、約束するわ。ほら、リアーナ、貴方もアンジェラと行って」

「嫌です。ティーナ様。私はティーナ様に仕えている侍女ですよ。そんな無責任なことは致しませんし、出来ません」


 リアーナは優しい。

 もし、この船に一緒に残ってくれたら、どれだけ心強いか。けれど、ティーナにとって、リアーナは大切な人の一人でもあった。だからこそ、その選択をさせてはならない。


「じゃあ、命令するわ。リアーナ、私の為にもどうか、アンジェラと一緒に先にボートに乗っていて。リアーナ、お願いよ」


 リアーナはティーナにそう言われ思う。

 もし、自分が、今ここで、ティーナの気持ちを優先して、承諾してしまったら、もう二度とティーナに会えなくなるかもしれない。

 それでも侍女であるリアーナは主であるティーナの命令に逆らうことは出来なかった。


「わかりました…… ティーナ様。貴方の無事を心から祈っております」

「ええ、」


 ティーナが悲しげに微笑み返事を返せば、アンジェラとリアーナはティーナを見て、生きてまた会いましょうと告げてから、その場を後にして立ち去って行く。

 人混みの中へ消えていったアンジェラとリアーナを見送ったティーナは側にいたセレクとカイルの方に視線を向ける。


「行ってしまったわ」


 ティーナの弱々しい声にセレクは問う。


「ティーナ、本当によかったのか?」

「ええ、私は最後までカイル、セレク。貴方達と一緒にいるわ」

「そっか、じゃあ、俺達も空いているボートを探そう」


 カイルの言葉にセレクとティーナは頷き返す。


「そうだな」

「ええ」



 セレク、ティーナ、カイルは乗れそうなボートを探したが、どのボートも、もう埋まっており、乗ることは出来なかった。

 時間だけが経過していく中、とうとうボートが最後の一席となってしまう。航海士の「まだ乗れるぞ!」という声で、ティーナ、セレク、カイルの三人は乗ります!と口を揃えて言う。しかし、航海士は首を横に振り、静かに告げる。


「乗れるのは二人までだ」

「二人……?」


 カイルは聞き間違いかもしれないと思い目の前にいる航海士に聞き返す。


「ああ、乗るなら、早くしてくれ」

「そんな……」


 せっかく乗れると思ったボートは運悪く二人しか乗ることが出来ない。

 その現実にティーナは絶望する。そんな中、最初に声を発したのはセレクだった。


「俺はここに残るよ。カイル、ティーナ。二人は乗ってくれ」

 

 セレクはそう言いティーナとカイルの背を押そうとするが、カイルがティーナとセレクの腕を掴み待たせてしまっている航海士を見て口を開く。


「二人乗ります」

「わかった。じゃあ、早く乗ってくれ」


 航海士にそう言われたが、ティーナとセレクは動けずにいた。そんなティーナとセレクを見兼ねて、二人の背を強引に押してボートに乗り込ませる。


「カイル……!?」

「カイル、お前……」


 ティーナとセレクに名を呼ばれたカイルは悲しげな笑みを浮かべながら、ティーナとセレクに自分の思いを伝える為、声にする。


「俺は、二人のことを絶対に忘れない。この船で出会えたことも、二人と話したことも絶対に」


 カイルがそう言い終わるのと同時にボートが下へ下へと降りていく。

 ティーナは船の上から、見下ろすようにしてこちらを見て優しく微笑んでいるカイルの姿に胸が締め付けられる。そっと手を伸ばせば当たり前のように空を切り、何も掴むことは出来なかった。

 心が張り裂けそうな程に苦しい。泣き崩れるティーナをセレクは優しく抱き寄せながら、静かに呟く。


「本当はお前がティーナと乗るべきだったのに。馬鹿やろう……」


 セレクとティーナを乗せたボートは夜の静かな水面に無事、着き、ボートはゆっくりと船から離れていく。カイルとティーナは沈み行く豪華客船〈アルディニック号〉を目を逸らすこともせず見つめていた。



 一方、船に残されたカイルは甲板の手すりを掴みながら、暗く静かな水面を見下ろしていた。


「ティーナに想いを伝えることはできなかったれけど、二人と出会えたことが俺の幸せだ。セレク、どうかティーナを幸せにしてくれ」



 ゆっくりと沈没していく船。

 カイルは私とセレクを助ける為に、たった一人あの船に残った。母親と会うということが叶うこともないまま。

 あの日の出来事を私達が忘れることはきっとない。

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