第2話 出航

 港に鳴り響く船の出航合図の汽笛と共に豪華客船[アルディニック号]はゆっくりと動き、港から離れ始める。


 甲板に立ち風に当たりながら、遠去かる港の風景を見ていたティーナと侍女であるリアーナは、風で靡く髪を抑える。


「とても気持ちいいわね」


 天気も陽光。肌を指す風がとても心地良く感じられた。


「そうですね」


 ティーナの専属侍女であるリアーナはそう言い左隣に立っているティーナの顔色を伺う。公爵令嬢であるティーナは、親が勝手に決め進めたお見合い相手と婚約をさせられようとしていた。


 それが嫌で仕方がなかったティーナは何としてでも拒否するべく家出という行動を起こした。そんな今に至るまでのティーナの経緯を知っているからこそ、リアーナはティーナのことを心配していた。


「こうやって、風に当たっていると嫌なことも全部、忘れてしまえそう……」


 そう言う彼女の顔が一瞬、悲しげに変わったのをリアーナは見逃さなかった。


「ティーナ様……?」


 侍女として、ティーナを支えたい。

 自分に出来ることが少しでもあるのならしてあげたい。


 常日頃からティーナに対して、そう思っているリアーナ はティーナが自分に何を望んでいるのかを此処に来るまでずっと考えていた。


「ふふ、何でもないわ。行きましょう」


 ティーナの本音がわからないでいる今。リアーナ は『ティーナ様が何を望んでいるのか?』 そんな心の奥底にあるティーナへの問いを聞くタイミングを伺っていたのたが……


「ふふ、何でもないわ。行きましょう」


 ティーナのその言葉にリアーナ は言おうとしていた言葉を飲み込み頷く。そしてティーナと共にその場を後にする。



「1人で船に乗ることになるなんて、でも気分を変えるには最適よね」


 頭の後ろの方でお団子にして茶色の髪を纏めて結っている年輩の女性アンジェラはそう呟きながら、すれ違う人の足音と自分の足音がリズム良く自分の耳に届くのを聞き流しながら予約していた部屋に向かおうと歩みを進めていた。


 しかし、アンジェラの視界に1人の少女が入ってきたことによって、彼女の足を進める方向が変わる。


「セレーナッ……!?」


 そう言いアンジェラは人混みの中に消えて行こうとする少女を追いかける。歳柄もなく必死になって走ったせいか、息が乱れ上がっていた。


「待って、待って……」


 アンジェラのそんな声が届いたのか、少女は足を止め振り返る。少女が振り返るのとほぼ同時にアンジェラは少女の細い腕を強く掴む。


「えっ……?」


 突然、腕を掴まれたティーナは、動揺した顔を相手に向ける。


「ティーナ様、このお方は……?」


 リアーナ はティーナの腕を掴んだ相手を見て、顔見知りかを確認する。


「全く知らない人よ」


 ティーナの腕を掴んだ当のアンジェラは、はっと我に返り、掴んでいたティーナの腕をそっと離す。


「あ…… ごめんなさい!! とても娘と似ていたので、まさかと思って」


 懐かしい面影が残る最愛の娘と雰囲気が似ている少女。今は亡き娘が此処にいるなど有り得ないのに、何処かできっと生きている。そう女の死を受け入れることが出来なかった私に巡り合わせてくれた。都合良くそう思ってしまったのだ。


「あ、そうなんですね。全然大丈夫ですよ」

「はい。本当にすいません」

 

 申し訳ないことをしたなと思いながら、再度、謝罪の言葉を目の前に立つ少女に述べ、アンジェラはそっと踵を返し、その場から立ち去る。


 そんなアンジェラの後ろ姿を人混みに紛れて見えなくなるまで、ティーナが見送ったのを確認し、リアーナはそっと口を開きティーナに促す。


「ティーナ様。行きましょうか?」

「ええ、」


 リアーナ にそう促されたティーナは止まっていた足を動かしリアーナ と共に歩き始めた。



「そろそろ、部屋に向かうか」


 肩くらいまである黒髪が時折、心地良く吹いている風で靡く。青年カイルは歩きながらすれ違う人を横目に見つつ思っていたことを口にする。


「しかし、人が多いな。どのくらいの人が乗っているんだろう」



 晴れた空の下。甲板に立っていた2人の航海士は空を見上げながら安定した天候に安堵していた。


「しかし、今日は良い天気だなぁ」


2人の内の1人の航海士"エリック"は風で靡く金髪の髪を押さえながら、右隣に立っている前髪で左の瞳が隠れている黒髪の男"ロン"に目を向け声を掛ける。


「だなぁ〜、本当、晴れてよかった」


 エリックの言葉に同調しつつそう言うこの男は一等航海士であるエリックの後輩にあたる二等航海士であるが、年齢は同い年ということもあり、お互い敬語抜きで普段から話している。


「それより、ロン。お前、今日は朝から一度も眠い、ダルいって言ってないな。昨日はよく寝れたのか?」


 エリックのその問い掛けにロンは、いつものようにダルさ含まれる声で返事をする。


「まあ、寝れたといえば、寝れたと思う。それに今日はおめでたい日だからそんなこと言っていたら、船長に怒られてしまうしな」


 ロンはあまり深い睡眠を取れる体質ではないらしく、日々睡眠を取れた気がしない事に悩まされているらしい。そのせいでもあるのか、眠い、ダルいがロンの口癖でもある。


「まあ、そうだよな」

「それより、エリック。お前、月に入る給料の半分を家族に仕送りしているんだって?」


 エリックの家はあまり裕福ではないことをロンはかなり前から知っていた為、然程、驚くこともなく素直な想いを言葉にする。


「本当、お前も苦労してるよなぁ……」

「それをいえばロン。お前もだろ?」

「だなぁ……」


 一方、操舵室では、船長である"オズワルド"と一等航海士である"イヴ"がいた。


「イヴ、風向きはどうだ?」

「良好ですよ」

「うむ。じゃあ、私は少し席を外させてもらう」

「了解致しました。船長」


 イヴのその返答を背に"オズワルド"は操舵室を後にした。操舵室を出て2、3歩、歩いた所で"オズワルド"は足を止め、安堵の気持ちを込めて呟く。


「無事、この日を迎える事が出来て、本当によかった……」

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