第21話 LOVEってこと?
「谷根千っていうのは、東京の谷中・根津・千駄木を巡るルートの総称のことだ」
「谷中? 根津? 千駄木?」
「ああ、そこからか」
雪野は電車にも乗ったことが無かったし、その辺の知識が疎くてもおかしくないか。
「谷中と根津と千駄木はこの前の浅草と同じように下町情緒がある懐かしさが集まった街並みが楽しめるスポットなんだ。食べ歩きで有名な谷中銀座商店街は特に有名で——」
「食べ歩き……っ!」
雪野は食べ歩きというワードに激しく反応する。
おいおい……またあの無尽蔵の胃袋を披露しようってんじゃないだろうな。
「食べ歩きは最後のお楽しみだからな」
「最後のお楽しみ……分かった、ふんっ」
楽しみだからか、雪野は鼻息を荒くする。
食への執着が凄いな……。
「話を戻すが、俺たちの今いる場所は『谷根千』の一つ、根津だろ?」
「うん、根津……ちゅーちゅー」
「それはネズミ——っていうツッコミ待ちなのか?」
雪野は「えへへ」と照れくさそうに頷いた。
急にお茶目になりやがって……。
「まずはここから千駄木の駅方向へ歩く。その道中に神社があるから、そこに寄っていこう」
「神社……好き。神頼みはよくするから」
「か、神頼みよくするってなんだ?」
「病気が早く良くなるようにって、近所の神社によく行く」
「ああ、なるほどそういう……」
「でもね、いつもお願いしてるのに治らないの……」
雪野は今までにないくらい大きなため息をつきながら言う。
お、重たい……さっきまでちゅーちゅー言ってた人物とは別人みたいだ。
「ゆ、雪野! 病気のことは大変だとは思うけど、それを治すために俺とお出かけしてるんだろ?」
「う、うん……お母さんも佐野先生も、温森くんとお出かけすれば治るかもって」
「だろ? なら病気は二人で治そう。神様の力も借りてさ」
俺は落ち込む雪野に対して諭すように話す。
すると雪野は。
「……神、だったんだ」
「え?」
「温森くんが……神だったんだ」
「どうしてそうなる!」
「つまりわたしは温森教徒?」
「勝手に変な宗教団体を作るんじゃあない! あとそんなヤバそうな宗教に入信するな!」
雪野は「ふふっ」と楽しそうに笑う。
危うく俺が教祖にされる所だった。
「温森くん、超おもろい」
"超おもろい"いただきました。
むしろおもろいのはお前だ雪野。
「じゃあさっそく歩くか」
「うん……ダイエット……頑張る」
行く前はあれだけダイエットじゃないって言ってたのにあっさり認めて歩き出す雪野。
ま、いいか。
✳︎✳︎
根津駅から千駄木駅方面に向かって、大通りに沿って並んで歩く。
ここは車通りが激しいので常に背後を気にしなければならない。
「この大通り、マンションもお店もたくさん……」
「そうだよな。食べ歩きできそうな店もちらほらあるみたいだけど、食べるか雪野?」
「むぅ……いじわる」
俺が冗談半分で聞いてみると、雪野は片方のほっぺたをぷくっと膨らませて怒った。
どうやらダイエットするってのは本気みたいだな。
「そんなこと言う温森くんこそブクブク太ればいいのに」
「ああー悪いけど俺、ガリガリな親の遺伝であんまり太らない体質なんだよ」
「そんな人はいない。人間は皆、太る生き物。それが自然の摂理。運命と書いてサダメ」
「なんか詩人っぽく言ってるけど内容が嫌すぎるな」
でも雪野って元々痩せすぎてたし、太るとか気にする必要はないと思うんだが……。
「はぁ……太るのはお胸だけでいいのに……」
それは全国の女子が思ってる悩みだろう。俺には分からないが。
「温森くんはさ……いつも佐野先生のおっぱい見てるけど、大きい方が好きなの?」
「どうして俺が常習的に佐野先生の胸を見ている前提なんだ」
「見てる……これは事実」
「見てない!」
「見てる……とてもいやらしい目で」
「とてもいやらしい目とは!?」
雪野は意外と周りのことをよく見ているようだ(こ、これからは……気をつけよう)。
そりゃ俺も思春期の男子だからあの爆乳には目が行ってしまう。
佐野先生って中身は終わってるが、見た目だけは美人だからな。
「……温森くんの、えっち。最低」
今度は両方のほっぺたをぷくぷくっと膨らませた雪野は、俺をサンドバッグに見立てて弱々しいパンチを何度も俺の肩に放つ。
「か、仮に佐野先生のおっぱいを見ていたとして、雪野が怒るんだよ!」
「負けた気分になる」
「は? 負け?」
「……わたしはミニマム派閥の代表として生きているから」
雪野は遠い目をしながら黄昏ていた。
要するにあれか? 貧乳派閥として巨乳派閥は敵ってことなのか?
「雪野ってさ、意外とめんどくさい所あるよな?」
「むぅ……っ! ぱんちぱんちっ」
雪野はボクサーのロードワークみたいに、歩きながら(俺に向かって)ボクササイズを始めた。
ナルコレプシーよりもガス欠しないか心配になるな。
そんな風にたわいもないことを話しながら歩いていると意外と早く感じるもので、いつの間にか根津の目的である『神社』の真っ赤な鳥居が見えて来た。
色鮮やかな鳥居を見上げながら俺たちは足を止める。
「大きな鳥居……ここはなに? ちょっとした森みたいにいっぱい木生えてるけど……」
「ここは根津神社だ。この神社は建造物も色鮮やかだし、自然も豊かで閑静な神社なんだ。あとたまに猫もいるんだぞ?」
「ねこちゃん……っ? 触りたい!」
「たぶん野良猫だから触れないと思うが……見れたらいいな?」
「ふんっ!」
雪野は猫が好きらしい。
まぁ、雪野の本人が猫っぽいもんな。
鳥居の前で一礼してから神社に入り、木々に囲まれた石畳の上をゆっくり歩いて回る。
「あれ? あっちに鳥居がいっぱいあるよ……?」
「ああ、あれは乙女稲荷神社だな」
「乙女?」
「ああ、あそこは縁結びの神社なんだよ」
「えっ……それってつまり……LOVEってこと?」
雪野は指ハートを作ってちょっぴり恥ずかしそうに言う。
いちいち表現が可愛いなこいつ。
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