第10話 天使とスイーツ03
抹茶クレープの店から徒歩5分。
先ほどの下町情緒から一転、洋風でファンシーな店構えをした店が目の前に現れた。
ここはベビーカステラの専門店。
クマの形をしたベビーカステラの生地と、その中には色んなフレーバーを選択することができる人気商品だ。
「ベビーカステラ……っ! それもくまさんの!」
天使はその長い髪をご機嫌そうにゆらゆら揺らしながら目を輝かせる。
「好きなのか?」
「めちゃ好き」
"めちゃ"好き……なのか。
俺たちは店の前に出来ていた列に並んで待つことに。
「さっきの感じからしてベビーカステラは初めてじゃないんだよな?」
「小学生の時にね、お祭りのベビーカステラ屋台でお母さんが買ってきてくれた。あの時はわたしのお家、凄く貧しくて……1円でも無駄遣いはできなかったのに、買ってきてくれたの」
「へぇ……優しいお母さんだな」
「うん。だから大切な思い出……ベビーカステラ」
天使はしんみりと懐古しながら呟いた。
そういえば天使は、両親が離婚して貧しい環境だった時期があったと佐野先生が言ってたな。
「お母さんね、わたしが友達と遊びに行くって言ったら嬉しくて泣いてた。わたし……病気のせいでちゃんと教室で授業受けられないし、お友達もいないし、これまでもお母さんに心配ばっかりかけてたから」
「そっか……わざわざ手紙をくれるくらいだもんな」
「うん」
天使のお母さんはしっかりした人だと思う反面、心配性なのだとあの手紙で感じた。
天使の病気も精神的なものが起因しているとなれば、お母さん自身も自分を責めてしまっているのかもしれない。
でも、そんな天使の親子関係に少しでも明るい話題が提供できたなら今日は出掛けて正解だったな。
「ご注文承りますっ」
「24個入り……全部抹茶でっ」
「かしこまりましたー」
俺たちの順番が回って来るなり、すぐに注文を済ませる天使。
「って、24!? しかも全部抹茶!?」
クレープだけでもあれだけボリュームあったのに、まだ入るのかよ……!
天使は店員から大きな紙袋を受け取ると、抱きしめるように持ちながら歩き出す。
「嬉しそうだな?」
「最高……むふぅ」
ご満悦な天使は鼻息を荒くしながら紙袋に手を突っ込む。
「……おいひい、これなら何個でもいける」
天使は次から次へとベビーカステラを味わいながら、食べるたびに笑顔になっていた。
「温森くんは、頼まなかったの?」
「あ、ああ。俺はもうクレープで満足だったからさ」
「…………」
「雪野?」
雪野は紙袋から手を出すと、クマのベビーカステラを一つ、俺の方へと差し出す。
「二人で食べた方が……もっと美味しいと思ったから。一つなら、大丈夫でしょ?」
「お、おお。ありがとう」
雪野から一つ受け取り、俺は口に入れる。
ふっくらしっとりの生地と中の抹茶のクリームが口いっぱいに広がった。
「美味しいよね?」
「ああ、めっちゃ美味しいよ。ありがとう雪野」
「……ふふっ」
雪野は笑った。
この前、保健室で見せた時と同じように。
天使の微笑みは何度見ても綺麗で……。
「あ、ベビーカステラ無くなっちゃった」
「早いなおい!」
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