第4話 天使の憧れ
翌日も俺と天使は、放課後に保健委員の仕事で校内のトイレを見て回る備品確認を行うことに。
7限の授業が終わってから保健室へ行く。
「失礼しまー、す?」
俺が保健室に入ると昨日と同じく養護教諭の佐野先生はおらず、保健室の中では一人の女子生徒が椅子に座ってその前に天使がしゃがみ込んで何かをしていた。
「雪野? なにをして……」
近づいて見ると、どうやら天使は膝を擦りむいた女子生徒の治療をしているようだ。
天使はピンセットで掴んだ綿に消毒液を付けると、女子生徒の患部にポンポンと消毒液を染み込ませ、その上から大きめの絆創膏を貼った。
やけに手際が良いので感心してしまう。
「これで、大丈夫……」
「ありがとう雪野さん」
「……お大事に」
治療してもらった女子生徒はぺこりとお礼を言うと足元にあったカバンを手に取り保健室を後にした。
「怪我人の治療をしてあげるなんて偉いな」
「……別に。いつものことだから」
天使は治療に使った道具を片付けながらクールに言った。
せっかく見た目は美少女なのに、相変わらず愛想が悪い。
「昨日と同じく備品確認しに来たんだけど、佐野先生は?」
「……ヤニ、だって」
なるほどタバコか。
誰でもいい、さっさとあの養護教諭をクビにしてくれ。
「でも多分、違う理由がある」
「本人はタバコって言ってるのに?」
「うん……だってあの人……お金ないから」
天使って見かけによらず、意外と容赦ないこと言うんだな。
「チェック用紙はもらってるから……行こ?」
俺の制服の袖を塩ひとつまみくらいの力でつまむ天使。
「お、おお……」
天使の方から「行こ」なんて言われるとは思っていなかったので少し驚いた。
俺は荷物を保健室に置くとトイレットペーパーのカゴを腕に掛けて、天使と一緒にチェック用紙を片手に保健室から出た。
✳︎✳︎
昨日と同じくまた4階からスタート。
昨日と違うのは天使がナルコレプシーという病気を抱えている事を考慮しなければいけないという点だ。
女子トイレの中を見てる間に天使が急に眠ってしまわないか心配で、俺はできるだけ早く男子トイレのチェックを終わらせて女子トイレの前で天使を待つ。
急に眠気に襲われるなんて、天使も大変だな。
ナルコレプシーの彼女は、毎日どのような気持ちで生活をしているのか……俺には絶対に分からないと思う。
「4階女子トイレ……備品は大丈夫」
天使は容姿にチェックマークを書き込みながらトイレから出てきた。
「了解、じゃあ次行くか」
今日もこの調子だと30分くらいはかかりそうだ。
この高校は7限の授業が16時30分に終わるので、こうやってやってると帰るのは昨日と同じく17時くらい。
しかし17時に下校では、俺がずっと行きたいと思っていた抹茶ティラミスの店が閉まってしまうのだ。
俺は放課後に一人で街歩きしながらスイーツを食べることが唯一の楽しみなのだが……この備品確認がある以上、どうやら今週は行けそうにない。
「……どうしたの?」
俺が心の中で肩を落としていると、まるでそれを察したように天使が上目遣いで俺の顔を覗き込む。
「いや、その……今日はちょっと行きたいところがあったからさ」
「行きたい、ところ?」
天使に俺の趣味である自分時間のことを話すべきか、話さないべきか。
男なのに街歩きとスイーツを嗜むのが趣味なんて言ったら、笑われるかな。
「どうしたの?」
迷っていると、天使がその優しい瞳をぱっちり開いて訊ねてくる。
せっかくだし、話題として話してみよう。
別に天使に話しても馬鹿にされることはないだろうし。
「じ、実は俺、街歩きしたりスイーツを食べるのが趣味っていうか」
「スイーツ……?」
「ほら俺って帰宅部だからさ。放課後は電車で新宿とか渋谷とかに行ってSNSでバズったスイーツを食べ歩きしてて」
「スイーツ……」
「それで、今日も行くつもりだったんだけど」
「いいな……スイーツ」
さっきからやけにスイーツに食いつく天使。
天使も甘いもの、好きなのかな。
「雪野って甘いもの好きなのか?」
「うん……超好き……」
"超"好き、なんだ。
意外と尖った語彙使うなこの子。
「でも……」
「でも?」
「お店とかはお母さんがお休みの日しか、連れて行ってもらえない……」
「あ、ああ、そっか」
雪野はナルコレプシーのこともあるし、いつ寝てしまうか分からないのは危険だよな。
「わたし……昨日みたいに急に倒れ込んで寝ちゃうから、普段から送り迎えもお母さんがしてくれてて……お出かけとかも、一人じゃダメって言われてるから……」
俺は何て返事をするのが正解か分からなかった。
「大変だな」と言うのもどこか他人行儀で、かと言って「そっか」と呟くのも淡白に思えて。
「わたしもSNSでスイーツの動画時々見るから、スイーツ……羨ましい」
天使だって年ごろの女の子だもんな。
「ねえ……わたし……」
「ん?」
「……う、ううん、やっぱり、なんでもない」
「そ、そうか」
そのままスイーツの話は終わり、その後から余計な話を交わすことは無かった。
少しだけ天使のプライベートな部分を知れたから、良かったのかもしれないが……相変わらず掴みどころのない性格をしていた。
✳︎✳︎
備品確認の仕事が始まって3日目。
最近放課後の街歩きやスイーツ巡りをしていないのでストレスが凄い。
でも残り2日の辛抱だ。
来週からは放課後思う存分、街に遊びに行ける。
それをモチベーションに、今日も保健室に入る。
「失礼します」
「おー温森、やっと来たね」
今日は珍しく佐野先生が机で作業をしており、天使はなぜかカバンを持って立っていた。
カバンを持ってるってことは、この後何か用事でもあるのかな?
「温森っ、雪野がアンタに話したいことがあるんだってさ」
「俺に話したい、こと?」
天使の方を見ると、天使こと雪野小道は何回も瞬きしながら顔を真っ赤にして俺の方を見てきた。
「お……お出かけの許可、お母さんにもらったの」
「へぇ、良かったな、雪野」
なるほど、荷物を持って準備万端な感じで立っていたのは、この後お母さんとお出かけするからなのか。
「せっかく許可をもらえたなら楽しんで来——』
「そのっ……この後……良かったら」
「え?」
「わたしを、お出かけに連れてって欲しい」
つ、連れて行く? 俺が???
俺は咄嗟に佐野先生の方を見る。
「備品確認の仕事はこっちで済ませておくから、今日は雪野お嬢様のお出かけに引率してあげてね?」
「え、ええ!?」
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