保健室の天使は今日も俺にだけ甘えてくる。〜病気を抱えた保健室登校の美少女に優しくしたら懐かれた〜
星野星野@2作品書籍化作業中!
第1話 保健室の天使ちゃん
——天使を見たことはあるだろうか。
もちろん本物の天使なんて架空の存在でありこの世には実在しない。
それでもこの世界では、周りと比べて抜けて可愛い女子のことを『天使』と形容することがある。
因みに俺の高校の保健室にはその『天使』がいる。
眠たそうな目をしていて、病的に思えるほど日焼けしていない真っ白な肌と、テレビで見るアイドルなんかよりも何倍も整った顔立ちが特徴的な女子生徒。
そんな彼女の名前は
彼女は見た目こそ誰もが"天使"と称するほどの美少女なのだが、入学以降、一度も教室に顔を出さないで保健室登校を続けている、何やらワケ有り女子なのだ。
「保健室に行けば天使に会える」という噂がアホな男子衆から広まり出したことで、物珍しさに保健室に行く輩が増えたとも聞いたことがあるが、彼女が保健室登校をしている理由については誰も知らないし、知ろうとしなかった。
何より、俺は保健室の天使とやらに興味がなかった。
しかし、そんな彼女と俺が出会うのは高校入学から2ヶ月が経ったある日のこと。
『運命』とはまた違う『必然』が産んだ、あの出会いがきっかけだった。
✳︎✳︎
梅雨入りが迫る6月初旬。
徐々に雨の日も増えて来て、もう梅雨入りが目の前まで来ているようだ。
雨の日が増えるのは体育が嫌いな俺にとっては好都合。
外で体育の授業をすると決まって5キロくらい走らされるので、帰宅部の俺にそれは地獄でしかない。
雨の日は外ではなく体育館で球技をしたり、それ以外にも座学の保健に変更されることもあるので助かるのだ。
俺、
東京には腐るほど散歩するスポットがあるし、俺はスマホでその思い出を写真に収めて回っている。
一種の部活のような活動だが、あくまで趣味のようなもので、俺はこれを『自分だけの時間』通称『自分時間』と呼んでいる。
今日も俺は一人で自分時間を楽しむスポットを探しながら、この前行った場所の写真を眺めて一人で楽しむ。
「温森くん、ちょっといい?」
写真を眺めながら一人で悦に浸っていると、横からクラス委員長の田町友理愛が声をかけてきた。
うわっ、
田町は誰に対しても毅然とビシバシ注意をしてくる系の女子。
さらに、自分からクラス委員長を買って出たり、勉強の成績はいつも1位だったり、何かと完璧超人の意識高い系だから、なおさら苦手な部類だ。
「温森くんって保健委員よね」
「お、おう。そうだけど……? それがどうかしたのか?」
「保健委員の備品確認、知ってるでしょ?」
「ああ、校内のトイレにあるトイレットペーパーをいちいちチェックして回るやつだろ?」
「そう。それを今週はうちのクラスが担当することになったらしいわ。忘れずによろしく」
うわぁ、保健委員で一番面倒とされる仕事がついに回って来ちまった。
この備品確認は1年から3年までのトイレを回って、トイレットペーパーや備品の数を確認する最高にダルい仕事。
それも放課後にやるから嫌がる生徒が多く、クラスで一人選ばれる保健委員は貧乏くじ扱いされることが多い。
まあその貧乏くじを帰宅部という理由で引かされたのが、俺なんだが。
「返事は?」
「お……おう。分かったよ」
「あと、今週担当のもう一つのクラスは1年C組らしいわよ」
田町は最後にそう言って踵を返すと、その漆黒のストレートヘアを靡かせて去っていく。
わざわざ教えてくれたのは有難いが、やはり俺は田町が苦手だ。
しかし、なぜ田町は教えてくれたんだ?
確か備品確認の担当クラスは、週明けに職員室の連絡黒板にて張り出されるので、そこで知ることはできる。
もしかして田町は俺が『知らなかった』という口実でサボることを見越して……?
「……めんどくせぇ」
✳︎✳︎
放課後に行こうと思っていた散歩の予定を削除して、俺は保健室へと向かう。
備品確認の手順は簡単。
まずは保健室で備品チェック用紙を受け取り、もう一つの担当クラスの保健委員と一緒に校内を回る。
終わったら保健室に用紙を届けて終了。
これを1週間続けるってことは、つまり俺の貴重な放課後が1時間ほど削られてしまうということで……。
「はぁ……失礼しま——」
ため息しながら怠そうに保健室の引き戸を開けた——その時。
「え……」
保健室の中には養護教諭がいない代わりに、生徒が一人静かに椅子に座りながら机でシャーペンを走らせている。
保健室の窓際にある養護教諭の机で作業をする一人の女子。
もしかして……彼女は……っ。
俺の高校には『保健室の天使』と呼ばれている美少女が一人いるらしい。
『らしい』というのは、俺は保健委員でありながら保健委員の集会をサボっていたので保健室に来たことがなく、そのご尊顔を拝んだことはなかったからだ。
保健室にいた彼女を見た瞬間に、彼女がその天使だということが一瞬で分かった。
それくらい、彼女の容姿は他の女子と比べると群を抜いて可愛い。
垂れ目で慈愛に満ちたその瞳。
肩まで流れる艶やかで色素の薄いストレートの髪。
前髪は右に寄せて星型の白いヘアピンで留めており、少し幼く見えるが、その幼さを感じさせないくらいに彼女の胸は程よく大きかった。
「……こんにちは」
天使は今にも消えそうな、か細い声で俺に挨拶をしてくる。
挨拶をして来たものの、表情はロボットのように『無』で、とても愛想が良いとはいえない。
保健室の天使はその呼び名の通り教室に登校せず保健室に登校しているからそう呼ばれているらしいが……その理由は誰も知らない。
この無愛想な表情にも何か関係があるのだろうか。
とりあえず俺からも挨拶して、仕事を始めるためにも養護教諭の先生がどこに行ったか聞かないとな。
「こ、こんにちは。保健委員の仕事で来たんですけど。ところで養護教諭の先生はどちらに?」
「あなた……1年B組の保健委員?」
「そう、ですけど」
「養護教諭の佐野先生が……これをあなたに」
天使は机の上にあった置き手紙らしきものを俺に手渡してきた。
印刷用紙の裏紙に書かれた雑な手紙。
『今日は職員会議があるから少しの間留守にします。ちなみに1年C組の保健委員だけど、先月から不登校になっているので、その代行としてうちの雪野小道が同行しますー。 by養護教諭の佐野』
「"うちの雪野小道"……? って誰」
「わたしのこと」
天使は表情を崩さずに小さな声で答えた。
え……じゃあ俺、天使と二人っきりで仕事するのかよ!?
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