第30話 一つの決心

 翌日、ソンジに連れられてやって来たフィルはたくさんのドレスを抱えていた。

「ナツミさん、おはようございます」

「あ、おはようございます! 早速ドレス作ってきてくださったんですか!?」

「ええ。たくさんの刺激をもらって作りましたよ、ほら」

 フィルが一つひとつデザインしたドレスを広げて見せてくれる。

 一着はハイネックにはなっているもののシースルー素材で胸元を隠したもので、ドレスの丈も膝の上。無垢な白いレースと、シフォン素材で作られたドレスは、女性の華奢さを際立たせるようなAラインのものだった。

 そしてもう一着は、シックな黒色のサテン生地にストラップ付きのオフショル、そして腰回りはふんわりと白いパニエを中に来てボリューム感を出す作りになっており、大人っぽさとパニエの出す愛らしさが絶妙なさじ加減で両立していた。

 そして3つ目はレースアップされ、コルセットにも似た胸元と、腕を大胆に露出したフレンチスレーブ、チュールレースで仕立て上げられたシンデレララインのドレスが足首を見せて軽く作られている。これは一つ新しい靴を作ったので、それにあわせて靴を小物のメインにした作品のようだ。

 最後は、ベルベットで誂えられた見るからに高級そうなドレスで、ショート丈のタイトワンピースだった。

「すごい……どれも可愛い。どれも私の国で着ても、超一流な感じですよ!」

「それはよかった。不安になりながら作ってみたので、そう言ってもらえると嬉しいですね」

「本当に全部可愛い……」

(この中で、夜のお誘いに向いてるのは一番最後のやつだけど…)

 あまりにも、宮殿にはそぐわないような気がする。というか、まだこの世界には早い。こんな服を着ていたら、警護に捕まる可能性すらある。

「これは、ナツミ様専用です。そして、これがナツミ様がここでお召しになるドレス」

 そう言って、フィルは他にまた4着、ドレスを取り出した。それはすべて、宮殿にふさわしいドレスの様式だ。

「わぁ、可愛い!」

 シフォンの薄紅色のドレスが一点、ジャガードで高級感のある薄水色のドレスが一点、チュールで繊細に作られたホワイトベージュのドレスが一点と、艶のあるシャンタンのドレスが一点。

 どれも舞踏会に着ていけそうな一流のドレスのように見えた。

「これが……普段着として着るものですか?」

「そうですよ。アイザック様のお客様ですから」

(まぁ、そうだよね。アイザックは仮にも第二王子……)

 本人が気取らないせいか、忘れてがちになってしまうが立場としてはこの国で二番目に偉いはずなのである。

「でも、せっかく作ってくれたこっちのドレスも着たいなぁ……どうしたら着られるようになりますかね」

「うーん……いつの時代も、どの国も、貴族たちが流行の火付け役ですから。貴族たちの意識を変えていきましょう。海外の流行を取り入れる感じに」

「アイザック様も外交担当ですからね」

 横からソンジが会話に加わってくる。アイザックは興味なさそうに執務デスクに向かって仕事をしていた。

「アイザック、外交担当だったんですか? どうりで最初、外交がどうとか…」

「ええ。しかし、我が国はかなり閉鎖的ですからね。アイザック様は幼少期、お祖父様と各地を飛び回っていたようですが……」

「へぇ~……そうだったんですね」

(そういえばアイザックは、おじいちゃんっ子だったもんね)

「貴族の人たちの意識を変えるためには、どうしたらいいですか? 最初から私がこれを着ていても、変な目で見られますよね?」

「そうですね……まずは、お互いお知り合いになることでしょう。新しいことをするものは、いつも奇異な目で見られます。しかし、その人の信頼があればこそ、みなその人が言うならと耳を傾けてくれるものです。要は、人望があるか無いかですよ」

「なるほど……そうですね。ちょうど、貴族の人達と話したいこともあったし……お知り合いになりましょう!」

 ぽん、と手を打つと、ソンジがしーっと指を口に当てる。

「今は集中して聞こえていらっしゃらないかもしれませんが、アイザック様にはくれぐれも内緒で」

「やっぱり、仲が悪いからですか?」

「ええ。自分の客人が自分の敵と話をしていたら、誰だっていい気はしないでしょう」

「わかりました。そうですよね」

「しかし、私もほかの貴族と交流を持つことは賛成なのです。いかんせん、アイザック様は敵が多い。少しくらい味方を作っておかねば、と思っておりましたから。ナツミ様であれば、そのお立場にありますので、有効かと。私はあくまで使用人ですからね。貴族の皆様と対等には話せません」

 ソンジはあっけらかんと笑って言うが、もしかしたらその裏にとんでもない気苦労が会ったのかもしれないと思わせる口ぶりでもあった。

(ソンジさん、きっと私と同じようなことをしたんだよね、過去に)

 それでも、使用人という立場上難しかったのだろう。

「よし! 私がこの状況を変えてみせます!」

「それはよかった。では、西の隣国の名前は知っていますか?」

「え……」

 フィルに質問されて、夏美は固まる。

「……えーっと、アスタ…だか、シャラル…だか…」

「違います。ワイズドレア公国ですよ。最初にお会いしたときから、やや諸外国に対する知見やこの国での価値観について、知識が欠けている部分がありそうだとお見受けしました。もう少し、勉強されたほうがいいかもしれませんね」

(うっ……フィルさん、意外と毒舌!?)

 しかし、フィルの言うことは正論である。貴族たちと話すにも、この国のことを知らなければなんの話もできない。

「まずは勉強、頑張ります!」

「私も、お付き合いいたしますよ」

「ソンジさん……ありがとうございます!」

「私も、もちろんお付き合いします。ここまで言ったのですから、私が放っておくわけないでしょう。このドレスを世に出して、ナツミ様が堂々と着られるようになるまで、お供します」

「フィルさん……! ありがとうございます、必ず世の中に浸透させてみせます!」

(私の、可愛い露出多めなファッション着たい欲を満たすためにも!)

 夏美はそう決心するのだった。

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