第29話 警護的にも効率的だし

 その日の夜。

「警護については効率的ではありますぞ」

「……そういう観点は今必要か?」

(これは、またなんというか私得な展開ではあるんだけど……)

 ヨハンに襲われたことや今後もまだ襲ってくるのではないかという可能性を考え、警護の観点から今日から少なくとも数週間はアイザックの部屋で就寝するほうが良いのでは、というのがソンジの意見である。

 それに対し、アイザックは複雑そうな表情をしている。

「それに、ねぇ? 夏美様も一緒に寝たいでしょう?」

 ソンジがウインクしてくる。ソンジはどうやらただ添い寝をしているだけで、セックスまでことが及んでいるとは知らないはず。添い寝くらいならしてもいいから、とにかくアイザックを城から出したくないというのがソンジの思惑である。

(まぁ、でも確かに私がいさえすれば、外に出ていかないのは事実だし……)

 それさえ果たせれば、しかも警護もしやすくなれば、ソンジもこの案を押すしかないだろう。

(まぁ、私もそのほうが誘いやすいし……)

 ということで、ソンジの味方をすることにした。

「私は、アイザックと一緒に寝るの、結構好きだしいいよ……?」

「……はぁ」

 アイザックが大きなため息をつく。そういう問題じゃないとでも言いそうだ。意外と倫理観がしっかりしているのかもしれない。

「……まぁ、お前がいいならいい。ただし、そういうことはなしだ」

「えっ!?」

「そういうこととは? 添い寝くらいは良いでしょう」

「ソンジは一旦ややこしいから口を挟むな」

「でも、まぁいいって言ったし」

「そうですな。では、できるだけ私か、アイザック様の周囲にいてください。決して一人では行動されぬよう」

「わかりました……って、自由な時間はないんですか!?」

「ヨハン様がいつナツミ様の周りをうろつくかわかりませんから」

「……まぁ、そうですよね……わかりました」

 冗談めかしてはいるが、ソンジの夏美の安全を思う気持ちは本物だ。そう感じたからには、うなずいておく。

「では、もう就寝のお時間も近いので、私は警護に戻ります」

「ああ。悪いな」

「いいえ。お二人のためですから」

 また星が飛ぶようなウインクをして、アイザックの部屋から出ていった。

 急に二人にされた部屋では、絶妙な空気感が流れている。

「……寝るか」

「う、うん……」

 アイザックが布団をばっと打ちやる。それは明らかに一人で寝るためではなく、夏美と寝るためだった。それを見て、ああ、今日から本当に一緒に寝るんだ、と夏美は実感した。

「奥に入れ」

「わかった」

 夏美はネグリジェに合わせた可愛らしいデザインの履物を脱ぎ、ベッドに上がる。それだけでもう、身体が「これはセックスをするんですね」と反射的に興奮し始めたのがわかった。夏美の身体は、もはや無意識のうちにセックスを渇望している。

 二人は黙って布団に潜った。つかず離れずの距離でお互いどこか緊張しているようだ。

(これ、寝れなくない……?)

 その思いはアイザックの方も同じようで、身体に力が入っているのがわかる。

「……あの……」

「……なんだ」

「弟さんと、仲悪いの?」

(気まずいからってなんでこの話題にした? 私……)

 ときに頭脳と口は裏腹になる。夏美はアイザックの気配を必死で感じようとした。これが地雷原に突入する話題であれば、即座に謝ってメイドのハンナに別の寝室を用意してもらわなくてはならない。

「……そうだな。俺とあいつには、深い溝がある」

(そういえば、さっきもそんなこと言ってたような……)

 関わるべきじゃない、とアイザックは言っていた。

「その……言いたくなかったら全然いいんだけど、二人の間に何があったのか、良かったら聞きたいな。弟とあんなふうになっちゃうなんて、私兄弟いないから想像がつかなくて……」

 夏美がそう言うと、アイザックは少し間を置いてから喋りだした。

「俺の母親は療養中、服薬して死んだ。その薬からは、毎日少量の毒が盛られていたとわかった。……そして、その料理をいつも母のもとに運んでいたのは、幼い頃のあいつだった」

「え……ヨハンくん?」

「ああ。正直言ってまだ子供だったし、あの王妃の仕業だろうと思うが、……あいつと積極的に関わろうとは思えなくてな」

「そう、だったんだ……」

 まさかそこまで根深いものがあったと知らず、夏美は軽率に話題の一つとして出したのを完全に後悔していた。

「……ごめんなさい、私すごく軽率に聞いちゃった……」

 夏美が申し訳無さにいたたまれなくなっていると、アイザックがふと困ったように笑った。

「別に、もう立ち直っている。心配するな」

(アイザック……でも、私になにかできることないかな? ヨハン君はあんなにお兄ちゃんが好きそうだったのに、きっとお母さんに毒を盛るなんてことしないと思うし…)

 自分の中で、一つ仮定が生まれた。夏美は明日からそれを実行してみようと、心に決めたのだった。

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