第16話 軍人と第四王子

 翌日、夏美はソンジからとある人物の紹介を受けていた。

「こちらが、騎士団長のネイト・タウンゼントです」

「ネイト・タウンゼントと申します。本日から、アイザック様の帰還までの間、ナツミ様の護衛を務めます」

「はい……よろしくお願いします」

 体格はアイザックやソンジよりも一回り大きく、さすが騎士団長というだけある。行動一つとっても軍人らしくキビキビして、言動も重々しい。

 午前の間、いつもはアイザックにくっついて議会に参加するのが常だが、アイザックがいないのでは、その間ソンジが休めない。その代わりとして、ネイトが警護に任命されたということだった。本来アイザックについていくべき人物であるが、ここに残したアイザックの思いなど夏美が気づく由もない。

「ネイト様は若い頃からアイザック様の剣の稽古相手を務めております。アイザック様も全幅の信頼を置かれているお一人ですから」

「へぇ……そうなんですね」

(そういう人がいるのは、なんだか安心するな)

 アイザックも、ソンジ以外は全くの一人ぼっちということではない。メイドのエレナやネイトのように、旧来からの仲間もいるのだ。

「私は少し休んできますから、ネイトとともに行動してくださいね。必要時以外、外には出ないように」

「はい」

 夏美が素直に頷くと、ソンジは満足げな表情で部屋を出ていった。

「あの、ネイトさん」

「はい、なんでしょう。あと、私のことはネイトとお呼びください」

「いや、それはさすがに……」

「アイザック様のご来賓となれば、私など格下です」

 頭ではわかっていても、ここからすぐにネイト、と呼び捨てにするのは流石に難しい。

「わ、私の国ではみなさんにさん付けして呼んでたので!」

 ネイトはどこか気恥ずかしそうな表情を見せた。あまり普段ネイトさんと呼ばれることがないのだろう。

「これはもう、私の国の文化だと思って、これでやらせてください!」

「……ナツミ様がそれでよければ」

 そう言ってくれるネイトに安堵する。これは、意外と押しに弱そうだ。

(だったら、正面からお願いしてみよう)

「あの、ネイトさん」

「はい」

「早速で恐縮なんですけど、ちょっとだけ護衛を外れていただけませんか?」

「無理です」

「そ、即答……!?」

 さっきまでのシャイな表情はどこへやら、ネイトははっきりとした口調で断ってきた。

(そこはさすがに、仕事としては引けないか……)

 騎士団長をも務める男が、仕事で軟弱な態度を取るわけがないことは理解できる。

「どうしても、会いたい人がいるんです」

「ヨハン様ですか」

「えっ、なんで……」

「すべてソンジから聞いております」

「えっ、え~……引き継ぎすごいですね……」

「このようなことを、ナツミ様から申し出るのではということも、ソンジの憶測にはあったようです」

「そ、そうなんですか!?」

(まさか、そこまでお見通しだったとは……)

「ただ、その要求を飲むことはできません。ヨハン様は敵性人物です」

「そんな……」

「私はナツミ様の身の安全を守ることを、アイザック様と約束いたしました。過去に一度刃物を突きつけている相手に、みすみす会わせるわけにはいきませんので、そこはご理解ください」

「はい……」

(そうだよね、お仕事としてやってる以上、私の勝手でネイトさんの経歴に傷をつけてもいけないし……)

 今日は大人しく本でも読んで過ごそうと思う。他の貴族たちとの交流も進めて置かなければならない。そう思いつつ、書庫にスナとヨハンがいることに期待してしまう。

「じゃあ、書庫にだけ行かせてください。本を借りたいんです」

「だめです」

「……それも、ソンジさんから聞いてます?」

「ええ。ナツミ様はヨハン様に殺されたいのですか?」

 ネイトは内心呆れているのだろうが、表情には出さずに淡々と言った。

(今日は諦めるか……勉強にあてよう)

 夏美も流石に諦めがつき、先日書庫から持ち帰ってきた本を読むことにしたのだった。


 それから数時間後。

「う~~ん、いててて……」

 ずっと本を読んでいたからか、立ち上がると首が痛くてたまらなくなり夏美は首を回した。

(ネイトさん、暇じゃないのかなぁ……)

 隣でずっと夏美を見ているネイトのせいで内容も半分くらいしか入ってこない。ネイトは集中力を切らすことなく夏美の警護をしている。ずっと張り詰めた弓のような視線で見つめられるので、嫌でも圧を感じてしまう。

「あ、あの……ちょっと、庭に出てもいいですか?」

「ええ。少しお待ちを」

 そう言って立ち上がり、庭に先に出たネイトが小さく、ん、と声を上げた。それを聞きつけ、夏美も庭に顔を出す。

「あっ、スナ君?」

 裏庭に面した庭の影に、スナがしゃがみこんでいた。

「ネイトさん、スナ君ならいいですか?」

「……スナ様は敵性人物ではありませんが……私もついていきます」

 2人はスナのもとに歩み寄る。少し距離があるが、足音がしたのだろうスナはこちらに気づいたようだった。それでも視線はこちらによこさない。ただ、鼻をすする音だけがした。

(スナ君、泣いてる……?)

 表情筋がなさそうだと思っていたのに、泣くことはあるんだ、と思いつつもわざと足音を立てて近づいた。

「スナ君? どうしたの?」

「……」

 夏美の声掛けにも一度は顔をあげず、俯いている。しかしもう一度、夏美がスナ君、と声を掛けると涙にうるんだ眼差しでこちらを見つめ返してきた。

(目真っ赤……ずっと泣いてたのかな)

 なぜ泣いているのだろうと思いながら、スナが視線を落とす先を見つめると、土を掘り返したようなあとと、その上に何本かの花が添えられている。

「お墓……?」

「……」

 夏美の言葉に、無言でうなずいた。

「そういえば、スナ様は小鳥を飼っていらっしゃいました。もしかしたら……」

 小声でネイトがそう声をかけてくる。その声が聞こえたのか、スナは再びすすり泣きを始めてしまった。

(どうしよう、放っておけないよ)

 夏美はネイトにアイコンタクトで接触していいかと尋ねる。ネイトもその言外の意味を察したのか、静かに頷いた。

「鳥さん、亡くなっちゃったの?」

「……」

 こくりと、頷く。

「それで、お墓作ってあげたんだね。偉いね」

「……」

 ふるふると首をふる。

「僕が……窓を開けたまま放鳥しちゃったから……野良猫に食べられて……」

 初めて聞いた声はあまりにまだ幼く、それでも責任は人一倍感じているようだった。

「大事な子だったんだよね。じゃあ、ちゃんとこうして供養してあげて、これからも毎日お墓参りしてあげようよ。眠ってても、さみしくないように」

 夏美はそういうのが精一杯だった。

「……」

 スナが小さく頷く。

「スナ君、お菓子好き? よかったら、今日の午後のお菓子包んであげる。いいですよね? ネイトさん」

「ええ、そのくらいなら」

 夏美は部屋に戻ると、置かれていた茶菓子たちを全部持ってきた。そしてバケットにかけられていた布巾でお菓子を全部包む。

「私じゃあんまりスナ君のことを慰めてあげられなかったと思うけど、よかったらこれ食べて。甘いものを食べると幸せホルモンが出るらしいから。少しでもつらい気持ちだけは忘れて。鳥さんのことは忘れなくていいからね」

 夏美はそう言ってスナに布巾を渡す。受け取ってくれるか不安だったが、スナはそれを丁寧に受け取り、頭を下げてくれた。

「……ありがとう」

 そしてそう言い、走り去っていってしまった。

 その後姿を見て思う。

(スナ君にとって、すごく大事な鳥さんだったんだよね……きっと)

 社交性があるかと言えばそうは見えない。きっと唯一の友達だったのだろう。心がきゅっと苦しくなる。

「そろそろ戻りましょう。中庭は警護がしづらいので」

「はい」

 ネイトに言われ、夏美も部屋の中へ戻ったのだった。

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