第9話 政治のことはわからないけど


「失礼します。仕立て屋を連れてまいりました」

 反射的に反応した夏美の声を聞いて、ソンジがドアを開ける。長身で若く、柔和な顔立ちをした男だった。

 夏美は社会人的立ち回りの癖として立ち上がり、会釈をする。

「彼はこちらの宮殿専属仕立て屋のフィル・アクロイドです。彼女はアイザック様の客人、ナツミ様です」

「ナツミ様。これからどうぞご贔屓に」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 シェイクハンドをしているうちに、ドアのほうから何人ものメイドが大きな箱やたくさんのドレスが掛かったハンガーラックを持ってくる。フィルの指示でそれらが床にぎっしりと並べられた。

「すごい……こんなにたくさん生地があるんですね!」

「ええ。ここにないものもご希望であれば取り寄せますよ。どんなドレスがよろしいですか?」

 コーラルレッドのレースからターコイズブルーのサテン生地、オーキッドグリーンのシャガード織り、バイオレッドのシャンタン生地……とフィルは一つひとつ丁寧に説明してくれる。

(でも……全くわからない……!)

 色も素材も、おそらく上質なものなのだろうということはわかるし、綺麗なのもわかる。ただ、これを見てこういうドレスを作りたいですと言い出せるほどの知識がない。

「この色が好きとか、あの素材がいいとか、そういうオーダーだけでも良いのです。せっかくナツミ様がお召しになるのですから、ナツミ様が着たいものを教えてください」

(まぁ、普通に生きてたら自分のドレスなんて作れる機会、ほとんどないもんね……! ここはせっかくだし、素直に思ったこと伝えてみよう)

「色は……私、あんまり濃い色は似合わないので、薄い色の方がいいです。生地はレースとか透け感があるやつがいいです。あと……ドレスって、全部丈感このくらいにしなくちゃいけないんですか?」

「このくらいというのは……」

「足首まで隠れてしまうじゃないですか、これだと。でも、もうちょっと、足とか腕とか胸元とか、開いてるのもいいかなって……」

 どことなくソンジが気まずそうな表情を浮かべており、夏美ははたと思い当たる。

(セックスが違法な国なんだから、もしかして肌見せとかにも厳しい……!?)

 フィルが腕組をして悩みながら、小さく口を開く。

「なるほど……この国ではあまり見ないスタイルですね」

(ですよね……)

 夏美はそれなりに肌見せファッションが好きだ。身体のスキンケアには力を入れていて、いつ見られても恥ずかしくないように適度な運動もしている。つまり、自分の身体にそれなりに自信がある。だから鏡で見たときに、ボディラインが出る服装はときめくのだ。普段の自分の努力が見えるし、昔からミニスカートが好きだった。

(でも、さすがにこの国では無理かな……?)

 そう思案していると、フィルが伺うように尋ねてきた。

「ナツミ様は他国からの客人と聞いておりますが、そちらの国ではそういうスタイルが流行なのですか?」

「流行というか……文化がそもそも大きく違うというか……」

「そうですか、それは興味深い。詳しく教えてください、貴族のファッションは庶民の憧れですから、前衛的なものも取り入れていかなければ」

(やっぱり、前衛的と思われてるんだ……)

 ソンジの気まずい表情の答え合わせができた。やはりこの国では、露出の多い服装は嫌煙されるのだろう。

「以前お召になっていたものも、かなりその……ねぇ? 前いらっしゃった場所のお国柄が出ると言いますか……」

「その国のお召し物があるのですか? ぜひ拝見したい」

「ナツミ様のお手元にあるかと思いますが……」

「はい、クローゼットに……」

 夏美はフィルに自分がこの国に来たときに着ていた服を見せたのだった。



 いくつかのドレスをフィルにオーダーし、片付けが終わった頃。それまでずっとソファに腰掛けて座っていたアイザックが立ち上がった。

「おいお前、ついてこい」

「え……どこに?」

 内心、「お前」と言われたことにむっとしつつも尋ね返す。

「今日は会合がある。それにお前を連れて行く」

「会合……? それ、私がついて行っていいの?」

 夏美が尋ねると、横にいたソンジが一歩前に出る。

「アイザック様、本当に良いのですか? 私はまだまだ動けますし……」

「いや、お前は休め」

「しかし……」

「この時間、ソンジを休ませるのが決まりだ。夜間、俺の警護をしているから眠れていない。朝から昼過ぎまでソンジには暇をやっている」

「そう、なんだ……」

 確かに、ソンジはアイザックの執事でもあるが、同時に警護担当でもあると言っていた。

(ソンジさん、夜間もずっとアイザックの警護をしてるのか……それは確かに、休んでもらったほうがいいかも……)

「じゃあ、私アイザックと一緒に行きます! ソンジさんはゆっくり休んでくださいね」

「ありがとうございます」

「行くぞ」

「うん!」

 アイザックのあとをついて部屋を出る。外へ出るときに振り返ると、ソンジが深々と頭を下げていた。

 廊下は太い柱に支えられた半球型の天井、大きく光をふんだんに取り込む大窓のおかげで明るく、夏美のヒールの音が遠くまで響くようだった。

「ところで、どういう会合なの?」

「……議員同士の交流というのが名目だ」

「そういうの、参加するんだ……」

(なんか意外……議員の人たちとあまり仲良くなさそうだし、アイザックなら断りそうなものだけど……)

「私は、何かすることある? どうしていればいいの?」

「お前は黙って俺のそばにいればいい。それだけだ」

「え? 挨拶とかは……」

「しなくていい。顔を出したらすぐ帰る」

「わかった……」

 とにかく郷に入っては郷に従え、数少ない味方の言うことは聞いておくべきだと夏美は口を閉ざす。

 黙ったまま暫く歩くと、つきあたりを折れた先に人で賑わった中庭があった。それぞれ手にワインや食事などを持ち、優雅に楽しんでいる。

(これが議員の会合……どちらかっていうとパーティみたいだけど……)

 きらびやかなドレスや、襟元にボリュームのある貴族服でテーブルを囲んでいる様は美しく、つい夏美も視線を奪われる。

「おい、何をしている」

 ぐいっと腕を引かれ、その驚きに振り返る。アイザックは眉を寄せ、むっとした表情を浮かべていた。

「あ、ごめん……つい見入っちゃって……」

「俺から離れるな。他の者を見ている余裕などない」

 同じことを起こすまいと思っているのか、夏美の腕を取る手は緩まない。

(アイザックは別にそんな意識ないんだろうけど……異性にされたらときめいてしまうシチュエーションだ……)

 幸いなことにアイザックは顔はいい。

(今はふんだんに、このシチュエーションを楽しんじゃおう)

 異性に腕を引かれて人混みを歩く今を、夏美は心ときめかせながら享受することにした。

 しかし、そんな時間は長く続かない。ずんずん歩いていくアイザックに、怯むことなく近づいてきた初老の男性が声をかけてくる。

「おや、ここにいらっしゃいましたか。アイザック殿」

「……フラネル議員」

「本日は、お連れ様がいらっしゃるようで。私、上院議員のフラネルと申します」

「あ……」

 フラネルが挨拶をするためにこちらに視線を向けてきたが、夏美はさっきのアイザックの挨拶は不要だという言葉を思い出してためらう。

「それは私の客人だ。挨拶は不要だ」

「そうですか。それは失礼」

 フラネルの視線からかばうように夏美の一歩前に出たアイザックの背中を見る。近づいてみると思うよりも背が高く、細身の割には肩幅もあるようだった。

(なんか、こういう姿見ると男の人って感じ……)

 いまだにさっきのときめきの香りをまとって、夏美はときめきゲージを下げきれないでいた。それ、と呼ばれたことにすら気づかない。

「それより、税法の見直しの件はどうなった」

「税法の件、ですか? 当然否決でしょうな。その様子だと、まだお聞きになっておりませんか?」

「……それにまつわる書類は届いていない」

「おや、それはそれは。担当の者に申し伝えておきましょう」

「ああ」

 フラネルが、口角を上げて目を細める。

「しかし……翌日には書類は届きましたがね、私の元には。議会でもあまり発言なさらないので、連絡係の者も出席されていたと思わなかったのでは?」

(えっ? これって……嫌味……?)

 夏美は反応を伺おうとアイザックの横顔を見上げた。しかし涼し気な表情を崩さない。

「しかし、大変ですなぁ。母親が妾とあっては、後ろ盾も不安でしょうに。国王陛下は、何を考えていらっしゃるやら。不純な血は、それだけでも王たるに値しません」

(不純な血って……そういえば、ソンジさんが言ってたな。純血派があるとかどうとか……)

 現代日本にいても政治にはほとんど興味もなかったし、他国……異世界の政治など夏美には1ミリもわからない。しかし。

(それにしてもこの人、失礼すぎない? 本人に言うことじゃないでしょ……そんなにアイザックの立場って弱いの? 仮にも次期国王なのに……)

「……そのような戯言を言いに来たのか?」

「ここは交流の場ですぞ。会話をするのが大目的ですから」

「そうか。であれば俺の方に会話をする気はない。去れ」

 アイザックが鋭くフラネルを睨む。フラネルは薄ら笑いを浮かべて、軽い会釈をした。

「そろそろ自分が王座に値する人間だという証明を、なさってはいかがですかな。まぁ、議会の面々があなたに納得することなど来ないと思いますがね」

 睨まれたのを根に持ったのだろうか。フラネルは最後に特大の嫌味を残して去っていった。

「アイザック……大丈夫……?」

 いたたまれなくなって声をかけるが、アイザックはもう何事もなかったかのように澄ましていた。

「いちいち気にするな。慣れている」

「でも……」

「一人でも俺の姿を見たんだ。参加するという義理は果たした。帰るぞ」

「えっ、あ、うん……」

 夏美は踵を返して歩き始めたアイザックの背中を追う。

(アイザックは気にするなって言うけど……なんだか、もやもやする。アイザックは本当にこれでいいと思ってるのかな……?)

 これほど気になってしまうのは、あの夜少しだけアイザックに自分の心の大事な部分を預けたからだとは、本人は気づいていない。

(私なら、何がなんでも見返そうって思っちゃうけどなぁ……)

 声をかけてくる貴族に一言「ああ」とだけ返して歩き続けるアイザックを見ながら、夏美はそんな事を考えていた。

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