つまらない駄洒落を言うと爆散してしまう世界

山崎 エイ

つまらない駄洒落を言うと爆散してしまう世界

 街から少し郊外へ出たところに、亡くなった私の叔父の家がある。

 立派な日本家屋なのだが、なかなか買い手がつかなかったため取り壊すことになった。

 私はなんとなく中を覗きに行き、家の造りや庭の様子を見て回っていると、箪笥たんすの底から、なにやらびっしりと墨で書き綴られた古紙がその端を覗かせていた。箪笥を傾けて引き出してみると、それは数枚の原稿用紙だった。

 はじめの方は千切れて失われていて、ところどころ、墨とは別に黒ずんでいる。

 原稿には以下のように書かれていた。

 

『「蒲団が吹っ飛ん」

 と云いかけて、夫は吹っ飛んでしまったのです。まるで中に手榴弾でも入っているみたいに、あの人の頭蓋骨が弾けて、血液とも髄液ともつかない汁が飛び散るのを、わたくしは傍で見ていました。三〇年以上を経、すっかり歳をとってしまった私ですけれども、あの様は到底忘れることができません。溢れんばかりに水分を抱えた水風船がはちきれたかのようでありました。

 あの日、そうして夫は死にました。

 携帯電話も世間には普及していないような時分のことでありましたから、私は直ぐに公衆電話へと駈け込んで、警察と救急を呼んだのですけれども、夫が助からなかったのは云うに及びません。病院に担ぎ込まれた後、ほどなくして息を引き取りました。

 夫の葬儀が執り行われましたのは、その翌々日のことです。

 あの人は存外に顔の広い男だったらしく、当座の凌ぎに拵えた葬儀場の中は参列人でごった返しておりました。連日電報を打ち続け、息つく暇もなかった私は、そこで漸く夫の遺体に手を合わせました。室内はひたすら静かでありまして、坊主の読経が聞こえるほかは、参列人の嗚咽する声がぽつぽつと響くばかりでした。私はつつがなく焼香をあげました。

 問題はその後です。

 間もなく出棺という所で、いましがた遺影の前で経をそらんじていた坊主が亡くなったという報せが届きました。当然葬儀場は騒然として、もはや式どころではありませんでしたけれども、私が何とか霊柩車を出立させた後、聞いた話によれば、「そうですね。僧だけに。」と云うや否や、坊主の頭が爆発してしまったそうな。

 全く怖ろしい限りでございます。ここに書き記しておくのも憚られるような文句でありましょう。しかし近頃は、歳の所為でしょうか、こうした下らない言葉遊びをじっと見詰めておりますと、段々気が違ってきまして、何とはなく口に出してみたい気分になってくるのです。勿論実際出す訳にはいきませんから、私は代わりにこうして筆を握るほかはなかったのです。

 前書きが少々長くなりましたけれども、私が決心したのはこういう消息であります。有体に云えば、私は駄洒落を書き残しておきたかったのです。過去に幾度も思い至ることはあれど、結局取り止めてしまうのが常でございました。けれども先月の暮れ、とうとう夫の三十三回忌の法要があったという情況に加えて、私もすっかり老けてしまって還暦を迎えるような昨今でありますから、漸く重い腰をあげる決心がついてきたのです。いっそこの折に半生でも綴ってみようかという心持でこうして筆を執っております。

 さて、読者はさぞ奇怪な文をご覧になるだろうと思いますが、どうかご辛抱下さい。文と同様、奇怪な私のことでございますから、あるいは私の滑稽な半生を覗き見られるやもしれません。

 腹を決めて、いざここまで綴ってみると、筆も流れに乗ってきまして、次第に昂奮してきました。喋るように書いているが如き心持にございます。

 これから私は一気呵成、己が半生を書き記します。

 私もここにしたためながら、半生を反省して、』


 ……手記はここで途切れている。

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つまらない駄洒落を言うと爆散してしまう世界 山崎 エイ @yamasaki_ei

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