第3章38話:三人称視点

<三人称視点>


森は、ゆるやかなくだざかになっていた。


その下り坂を、ザカルは木を避け、しげみを蹴散けちらしながら全力疾走で駆けていく。


逃げる。


逃げる。


逃げる。


汗をぬぐうこともせず、必死の形相ぎょうそうだ。


なぜなら。


彼の背後から、謎の水が追いかけてきていたからだ。


下り坂になった森林を、怒涛どとうの勢いで流れていく水の塊。


しかし、それはただの水ではない。


粘性ねんせいをともなった、チョコレートの液体だ。


周囲の草木そうぼくにチョコレートを付着させながら、ザカルをすさまじい勢いで追いかけていく。


そのチョコレートすいが、ガバッとザカルを包み込もうとする。


あわやチョコレートに飲まれるかと思ったところで、ザカルは右に避けた。


うっかり避けられてしまったチョコレート水は、樹木に激突して二つに分かれる。


しかし二つに分かれても、やがて一つに合流して、彼を追いかけ続ける。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! なんなんだよチクショウ!!?」


ザカルは恐怖を含んだ声で言った。


「こんなバケモンがいるなんて聞いてねえぞ!」


この液体は、最初、少女だった。


少女の姿をしていた。


でも、きっとアレは少女ではない。


魔物だ。


腹に穴をあけようが、


首をハネ飛ばそうが、


バラバラに切断しようが、


死なない人間なんて……いるわけがないのだから。


第一、こんな液体の姿をして追いかけてくるなど、人のわざではない。


魔物……


しかも、かつて彼が遭遇したことがないレベルの化け物である。


「くっ……!」


相手は、人の言語を理解する魔物だ。


竜に匹敵するほどの怪物かもしれない。


しかも、竜のようにわかりやすい見た目をしていない。


正体不明。


死なないのだからアンデッドかと思ったが、それも違った。


理解不能の化け物だ。


「ツイてねえ!」


とザカルは叫んだ。


なんで、田舎の山に入っただけで、こんな怪物と出くわすんだ?


ザカルは自分の不運を呪った。


そのとき。


「!!?」


横で、何かが走っている。


ザカルと同じように、森の下り坂を疾走する何かだ。


まるでザカルと並走へいそうするように、30メートルほど離れた位置を駆ける何か。


それは――――チョコレート・ゴーレムであった。


「ひっ!?」


人型をした茶色の魔人。


埴輪はにわのような顔をしたバケモノ。


チョコレートで生成されたゴーレム。


チョコレート・ゴーレム。


セレナにとっては、ただチョコレートで作った人型のゴーレムなのだが……


ザカルにとっては、完全に未知の生物であり、悪魔の手先のように感じられた。

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