第6話 結婚式は彼の隣で

 そして案の定というか――、私たちはこの日を迎えた。


 国民へのお手振りをしつつのお披露目も終え、控室へと移動して化粧直しなどをしてもらう。少し髪型も変えてもらった。本物のような造花を派手にあしらっている。


「とてもお綺麗ですわ。誰もがレイナ様に見惚れますとも」

「ありがとう」

「それでは、レヴィアス様を呼んでまいります。宴の準備ができましたら、またお呼びいたします」

「ええ、よろしく」


 これから結婚披露宴だ。立て続けの儀式に目眩がした。この日のためにたくさんの手順を覚え、こなす度にやっと記憶したことを忘れられるとほっとした。


 介添人が立ち去り、少しすると彼が現れた。光沢感のあるグレーのタキシードがよく似合う。


「また一段と綺麗になっているな、レイナ。その花飾りもよく似合うよ」

「そうでないと、あなたの横には立てないわ」

「私なんてただの引き立て役だ。君の美しさに比べれば、ただの石ころにすぎないよ」


 側に来られて、剥き出しの肩を舐められる。


「……パウダーをはたいてあるから、やめて」

「私のための衣装なのに、それは酷いな」

「どちらかと言えば他の人のためよ。この結婚によって私たちの子供は王位継承権を持つことになりますよという対外的なアピールのためでしょう」


 呆れたように彼がため息をつく。

 

「相変わらず君には浪漫がない。青といえば静脈だと答えていた時から気付いてはいたけど、もう少し私をその気にさせる言葉を考えてほしいものだ」


 彼が座っている私の真横からおもむろにドレスをめくり上げ――。


「ちょ、待って! その気になっているじゃない。これから宴なのよ、何考えてんのよ!」

「私の口説き文句に君があまりにも顔色を変えてくれないからいけないんだ」

「どーゆー意味よ」

「違う君を引き出したくなるということだよ」


 彼のキスは上手すぎる。他を知らないから比較なんてできないけど、絶対に上手いと思う。だって、何もかもどうでもよくなってしまう。

 

「あなたね……化粧直し、さっきしてもらったんだけど。というかあなたの口にも口紅がついちゃってるじゃない。どうするのよ……」

「また直してもらえばいい。まだ冷静にそんなことを考えられるのか」


 ここで何があったかバレバレじゃない……。


 抗議の声は、次のキスで消されてしまう。その間にもドレスがたくし上げられていく。


 ――あれから、彼との仲は深まっていった。


 物静かなブレンダにアーロンはよく話を振り、詩的な表現の多い彼女に少しずつ惹かれているようだった。それでも婚約者として私を立てようとする彼が可哀想にもなり、学生であるうちにアーロンとは婚約を解消してレヴィアスと結び直した。


 友人以上恋人未満といった感じだったはずなのに、婚約を結んでからは本領発揮とばかりに口説いてきて……。


「疲れただろう、レイナ。宴が始まる前にリラックスさせてあげよう」

「いらない、心底いらないわ!」

「いつまで私を拒否できるのか楽しませてもらおう」

「拒否じゃないから! よ、夜ならどれだけだっていいから……っ」

「いつでも妻を満足させるのが、夫の務めというもの」


 ゲームの中でエス寄りだったこの男は、私相手でもやっぱりエス寄りだ。


「今はいらないっ。その満足は本当に今はいらないわ!」

「君は嘘が上手いからな」

「これは嘘じゃないわよ!」

「妻の嘘を暴くのも夫の仕事だ」

「嘘じゃないってば!」


 それでも、私と彼だけの関係を築いていると感じる。まぁ、さすが18禁の乙女ゲー世界ですねとも思うけれど……。


「私のための衣装を着た君に何もせずにいろと?」

「そうよ、我慢しなさいよ」

「……冷たいな」


 あー、もう彼の手が……!


「だが、安心するといい。そう言うと思って、夜のためのウェディングドレスも用意してある」

「な……にそれ……」

「夜のためと言えば夜のためだ。楽しみにするといい」

「だったら今はもうやめて」

「宴の前に妻を癒やしてあげたいという愛だよ。君の望んだ愛だ」

「私の望んだ愛とは形が違いすぎる……」

「私の望んだ愛とも違うな」

「え」


 少しショックを受ける。

 私の気持ちは、彼の望んでいた愛ではなかった?


「……そんな傷ついた顔をしないでくれ。守りたくなってしまう。笑顔にしたくなってしまう。もう少し……私が安心できるように躊躇せず軟禁できるような愛がよかったという意味だ」

「さすがにそれはやめて……」


 その愛は避けられてよかった。一歩間違えたらそんなエンドもあり得ることは、よく知っている。


「お互いの歩み寄りの結果の愛だな」

「ええ、そうなってよかったわ。妥協が大事よね、妥協が」

「君がそんなふうだから私がその気になってしまうんだ――」

「ちょっと、今すぐにでも私たちを呼びにくるかもしれないのよ!」

「気にするな、待たせておけばいい」


 あの日から始まった私たちだけの物語。なぞる道もなく、手探りながら進んだ先はそれなりに幸せだ。


 窓の外は透き通った青空。太陽の光が部屋へと差し込んでいる。あの青空の下でのドエロエンドが明日にでも控えている気はするけど……。


「私のこと、ずっと愛してよね」

「やっとその気になってくれたか」


 次の世界が私を待ち受けているとしても、きっと誰かと愛し合える気がする。ガチャガチャなんかなくたって、一緒にいたいと思える男性と出会える気がする。チェルシーもブレンダもきっとそう思っている。


 この世界に、そう思わせてもらった。

 

「生まれ変わっても愛し合えるかな」

「ああ――」


 転生したのかもしれないという話も彼にはした。そうでないと最初の私の言葉について説明できなかったからだ。


「大丈夫だ、どこまでも付き纏ってやろう。今も未来もその先も。約束するよ」

「最高の口説き文句ね。……大好きよ」


 あーあ……また本格的に化粧直しをしてもらわないといけないな……。


 満足したとは言えない前の私の人生。彼といれば、いつだって満足させてもらえる。


 ――いろんな意味でね!


〈完〉

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