第4話 寮の屋上で

 あれから――、何度かお茶会を開いてもらっている。放課後であったり休日であったり。


 ……ただし……。


「うふふ。ハワード様、今日も空が青いですわね。まるであの液体試薬のよう」

「ああ、確かにそうですね。オリオンアクリファスト液体試薬の色に似ているかもしれません。チェルシー嬢、これからは清々しい気持ちで青空を仰ぎ見ることができますよ」

「レイナ様の髪の色は、どこかあの試薬の寿命を迎えた色を彷彿とさせますよね」

「あ、ああ……確かに……い、いえ、いけませんよ、チェルシー嬢。もう失礼なことを言ってはいけません」

「あ、そうですよね。ごめんなさい、レイナ様!」

「…………全然気にならないわ…………」


 どうしてこうなってしまったのか。


 そう、あの日……レヴィアスが学園に連れてきている職員を装う護衛兼使用人さんに給仕をしてもらいながら、二人で紅茶を飲んでいた。そして、そこにアーロンが現れた。ここは、副寮長でもあるアーロンもよく使う場所だからだ。


 ヒロインはどっちとくっついても、今後の話し合いのためなんかでここで三人でお茶を飲むイベントが発生していた。

 継承権争いをする王子二人がこれまで仲よくここでお茶を飲んでいたのかといえば……それなりにだ。ポーズとして仲違いをしているように見えて、互いに多少は認め合っている。レヴィアスが面倒事を全て副寮長であるアーロンに押し付けているのも、寮にいる生徒たちと話す機会を設けさせ支持を上げられるようにするためだ。


 最初から正妃の息子で支持が厚い自分は、アーロンにハンデをあげなければならないと考えている。


 そんなこともあり、アーロン×レヴィアスというBL本もそれなりに需要はあったようで、同人誌を探すとよく見かけた。


 というわけで、三人でのお茶会……二人に挟まれて居心地の悪かった私はすぐにチェルシーを呼ぶことを提案した。アーロンと元サヤに戻らないかなとも思ったけれどハワードも一緒にとお願いされ、このメンバーがデフォルトに……。


「さすがレイナ様、お優しいわ。私、反省しましたの。これからは一生、レイナ様についていきますね!」


 ……ついてこないで……。


「そうですね、贖罪は大事ですよ」

「ふふっ。叱ってくださる方がいるなんて、私は幸せ者ですわ」

「チェルシー嬢……」


 お茶会に呼ばなければよかったかな。吐き気がするわ。しかし、ゲームとは彼との会話内容がかなり違う。やや電波なハワードに呆れながらも……だったはずなのに、二人で電波を飛ばし合っている。むしろチェルシーの方が積極的にだ。自分の言葉で話してみますとか言ってたけど、彼女も元々電波だったってこと?


 私が婚約破棄されるようにもっていこうとした罪悪感からか、アーロンを嘲っていたという私のついた嘘も否定せず、そのままにしているようだ。……悪い子ではないわよね。


「はぁ……レイナ嬢、どうして彼女を呼ぶなんて言ったんだ……」

「レ、レヴィアス様だって乗り気だったじゃないですか」

「普通はだって……さ。ねぇ……?」


 そうよね。

 普通は元サヤに戻って、平和にチェルシーはアーロンエンド、私はレヴィアスエンドになると思うわよね……。


 恐る恐るアーロンを見ると、紅茶を見下ろしながら意識がどこかへ飛んでしまっている。チェルシーは、自分への想いも消えたようだと話してはいたけれど、ここまで短期間で恋人だったはずの女の子の気持ちが他へ移っているのを見るのはキツイわよね……。


「ア、アーロン様……?」


 そぉっと彼の名前を呼んでみる。


「あ、ああ。なんだ、レイナ」

「いえ、心ここにあらずの様子だったので……」

「いや、話は聞いていた。君は確かに優しい女性だ。今まで気付かなくてすまなかったな。これからは僕の側に――」

「駄目ですよ、兄上。彼女は私のものだ」

「だが――!」

「婚約は必ず解消してもらいます」


 あー……結局、居心地が悪い。


「他の方を見つけてくださいな、アーロン様」

「く……っ」


 どっちも私への愛はない。未来の王妃は私だという印象付けが私になされたから、それなりに二人とも欲しがってくれるだけ。せめて、チェルシーの心がハワードに移ってさえいなければ……。


 ジトッとチェルシーへ視線を向ける。彼女は申し訳なさそうな顔をして――。


「私たち、恋に恋をしていたのかもしれませんね。お互いをしっかりと見られていなかった。だからあのパーティーの日、アーロン様も破棄を取りやめられましたものね。いいんです、とても素敵な思い出をいただきました。ご迷惑もおかけして、すみませんでした。今までありがとうございました」


 バッサリと切り捨てるわね……。女性って基本的に恋は上書き保存だって言われているものね。それが本当かどうか確かめる経験なんてしたことないけど……。


 やや傷ついた顔をしながら、彼がこちらを向く。


「そ、そうだな。恋に恋をしていたのかもしれない。これからは君を――」

「だから駄目ですよ、兄上」


 本当に駄目だ。このメンバーでも駄目すぎる。居心地が悪い。


 もうレヴィアスエンドは避けられそうにないし、適当にアーロンにあてがうのに相応しそうな女性、いたかな……。


 ピピピッと思い出す。

 あのパーティーの日、嫌悪を表に出すこともなく訝しげな目で私たちを見ていた女性がいた。そのあともチェルシーのことを私に悪くも言わず……なんとなくそこに佇んでいるといった彼女はブレンダ・ワーグナー侯爵令嬢だ。

 

 彼女となら上手くやれる気がする……!


 私はスクッと立ち上がった。


「ブレンダさんとも一緒にお茶を飲みたいわ。お二人ともお許しいただけるかしら。よろしければ鍵を貸してください、レヴィアス様。探してまいります」


 アーロンがよく分からないけど任せるよという顔でレヴィアスを見る。彼も居心地が悪くて変化が欲しかったのかもしれない。

 

「どうしてブレンダ嬢なんだ。今より面倒なことにならないといいけど……ねぇ」


 レヴィアスがチェルシーたちに一瞬視線をやってから、厭味ったらしい目でこちらを見る。

 

「だからチェルシーさんの時はあなた、乗り気だったでしょ!」

「はいはい。私も一緒に行こうか」

「待ってくれ。それなら僕も行く」


 さすがにチェルシーとハワードのアツアツの二人のところへアーロンを置いていくのは、レヴィアスも気が引けたらしい。肩をすくめて何も言わずに立ち上がった。


「私たちはお待ちしていますね〜!」


 あーあ。

 とりあえず女性が誰でもいいからここにもう一人いるだけで違う気がする。なんとかして彼女を探そう。


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