第3話 秘密の扉
「君と仲を深めたいんだ」
放課後、レヴィアスに話しかけられた。
「……未だ婚約したままの身で、他の男性と二人きりになるのは……」
お構いなしに肩を抱かれる。
近いって……!
私には刺激が強すぎる。どうしてこうなったのか。
「このまま兄上と結婚してしまうの? あんなことがあったのに?」
「それは……」
「夢と言われたって誰も忘れてはくれない。君が助かる方法は一つだ。恥をかかされたままではいられない、私と結婚したいと言ってくれるだけでいい。そのようにすぐに動こう。あの場で王妃に相応しいのは君だと誰もが思った。私は君を逃すつもりはないよ。父上だって拒否はできない。円満に君と兄上の婚約は解消される。他の貴族だって、そうなるだろうと思っているよ」
……一緒に踊ったしね。
「正直に言えば……逃げたいわ。どちらにも愛がないもの」
「はは、愛……って」
馬鹿にしたように笑われる。
でしょうね、そーゆー男よね。
肩を抱かれたまま、男子寮の裏へと連れ込まれる。
「私、もう戻っていいかしら」
「まだ駄目だ。君にいい場所を教えたいだけだよ」
彼が関係者しか入れない裏口の扉を開ける。この先がどこに繋がっているか知っているだけに……まぁいいかとも思ってしまう。
彼は寮長だ。
面倒くさい作業を全て副寮長に任せる寮長。だから関係者だけが通れるこの扉の鍵を持っている。まさに、女性向けエロゲー設定といった感じだ。
中に入るとやや薄暗い。すぐに彼が鍵を閉めると、私を壁に押しつけた。
「……婚約者のいる女性にこれは、スマートとは言えないわね。王子様のくせにマナーがなっていないわ」
「こんなよく分からない場所に文句も言わずノコノコ付いてきたんだから、襲われる覚悟くらいしていただろう」
「……! も、文句は言ったわよ。私への愛のなさを信じていただけ。何もするわけがないと」
「愛……そんなもの、婚約したらいくらでもあげよう」
「ないものは生み出せないわ」
この通路……あそこへと続くと知っていたばかりに、よく分からない場所にノコノコ付いてきた女になってしまったのか……。
「依存させてあげよう。私は裏切らないよ、愛人なんてつくらない。つくらなくて済む女を探していた」
色気を漂わせながらそう言われる。
国王陛下と愛人である母親の仲睦まじい姿を見てきたアーロンよりも、冷たい関係の陛下と正妃である母親を見てきたレヴィアスの方が歪んでいる。
愛を……信じられない。
誰かを愛すことにも臆病になっている。
体の関係で強く繋がっていればいいよねともなりやすく、なんとも言えない鬱エンドは複数用意されていた。依存させてあげるという言葉の裏には身体でという注釈が入る。
「愛人をつくらないくらいに愛せる自信でもあるのかしら。そんな関係を築いた覚えはないけれど」
「ああ、自信があるんだ。ねぇ……チェルシー嬢が兄上のことをお友達へと嘲って話していたらしいけれど……誰に言っていた? 本当に言っていた?」
げっ……!
げげげっ……!
こ……ここ、死後の世界だっけ!?
まずい!
早く! 早く次の世界へ!
神様ー! 早く私をここから出してー!
「少しね、調べたんだ。事実確認は大事だからね。ねぇ……私を拒否すると、出たら困るような事実が表に出てしまうかもしれないよ。媚びるべき相手……賢い君なら誰なのか分かるだろう?」
脅しで愛し合うフリができるなら、それでいいと思っているのが、この男だ。この世界、私に厳しくない? せっかくあの場を切り抜けたのに……。
「君は兄上の言葉をどうやって知ったのかな。考えるほど辻褄が合わないんだ。気になることも多い……断るなら、よくないことが起こるかもしれないよ」
藤の花のような色合いの私の髪をすくい取り、軽くキスをされる。
しまった……チェルシーにお友達に自慢してたわねって言わなきゃよかった。咄嗟のことだったから頭が回っていなかった。私に教えてくれたわよねくらいにしておけばよかったわ!
弱味を握れば裏切らないのだから、自分も裏切らなければそれって愛だよねとか考えているからこその、愛せる自信があるという言葉なのだろう。
アーロンもレヴィアスもどっちも嫌ぁぁぁー……。
「……あ、あなたを好きになる日がきたら教えてあげる。せいぜい頑張って」
「強気だね……嫌いではないよ。仕方ない、時間はある。期限つきで頑張ってみるか」
「期限って……」
「遅くとも、ここの卒業パーティーで君との婚約を発表する」
なぜ断言……。
「そんな勝手に――」
「根回しもそれまでに済ませる。もう決めたんだ。それまでに君も頑張りなよ。私を愛して、私に愛される努力をすればいい。兄上も納得させればいい。全て無理だったとしても、私は私のやりたいようにする。ああ、もしその気になってくれたのなら、すぐにでも話を進めるよ。安心するといい」
これは……微ヤンデレ系エス寄り第二王子との結婚しかないのか……なんという……。ま、まぁ喪女として、誰と何もできないよりかはいいかもしれないけど……でも……。
「現状、愛は……」
「今のところ、ないかな」
「やっぱり……」
ガックリしてしまう。
いつか誰かと好き合ってイチャイチャしてみたかったのに。
「でも、私には君がちょーどいいかとも思ったんだ」
「……私が嘘つきだから?」
あの場で嘘だとすぐに見抜いたんだろうか。
「ああ。嘘つきの相手は嘘つきの方がいいだろう?」
「……私のこと、優しくて慈悲深いなんて言っていたものね」
「ふっ……君はその言葉に嫌悪感を抱いていたようだけど」
見抜かれていたようだ。こいつ、聡いのよね……。周囲の人の感情の変化に敏感だ。嘘をついているのは私なのにという罪悪感をもったことに、あの場で気付いたのかな。
「あなたは望んでいないでしょうけど……国王陛下にはきっとあなたが相応しいわ。そして私は王妃に相応しくない」
「へ……え。つまり兄上がいいって?」
「それも嫌ね」
「我儘だな。愛なんてものがあるのかは分からないけど、兄上よりかはマシだと思ってもらいたいね。それを私は頑張るとしよう」
手を差し出され、すっと握る。
「……寮の屋上で、お茶会をするのよね?」
「なんでそれを――」
「ふふ、言ったじゃない。あなたを好きになる日がきたら教えてあげる。頑張りなさいな」
「……まいったな」
関係者しか上れない階段を進めば、広がるのは青い空と屋上のテラス。この世界で私を待ち受ける未来は――、エス寄りの彼とのエロエンドしかないのだろうか。
鬱エンドの回避だけは何がなんでもしなければと、決意を固くした。
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