弟が欲しい


 ぼくには父と母がいる。

 それから兄がいて、

 姉がいて、

 ぼくがいて、

 そして妹がいる。

 

 ここまで来ると弟も欲しい。



 ***


 

 ある晩、弟が欲しいと父に言った。

 父は良いよともダメだとも言わない。「すぐには難しいな」と答えたので、どうしてか尋ねた。父はうーんと悩んで「材料が足りなくてね」とぼくの頭を撫でた。


 次の朝、弟が欲しいと母に言った。

 母は「弟、大事に出来るの?」と聞いてきた。「出来るよ」とすぐに答えた。だって妹を大事にしているからだ。「妹と弟はちがうのよ」と母はぼくをたしなめた。確かに、ぼくは妹ができる前に、妹が欲しいとは言わなかった。


 お昼に、弟が欲しいと兄に言った。

 兄はいやそうな顔をした。「弟が増えるのか」とため息をついた。でも兄からすれば、妹はもうふたりもいる。弟だってふたりになった方が良いと思う。「弟は、お前で十分さ」とほっぺにキスをされた。


 夕方に、弟が欲しいと姉に言った。

 姉は「あたしは姉が欲しいわ」と寝転んだ。姉からすれば、兄がいて弟がいて妹がいて、そこまで来たら姉が欲しいのだろう。その気持ちはよく分かる。おやつのケーキを一口あげると、嬉しそうに笑った。


 夜中に、弟が欲しいと妹に言った。

 妹は隣のベッドでむっとした。「わたしがいるもん。弟なんていらない」と言う。「でも、妹と弟はちがうんだよ」ぼくは今日きいたばかりのことを返してみる。妹はふきげんそうにベッドにもぐりこんだ。



 ぼくは眠る。

 弟が欲しいと思いながら眠る。

 父がいて、

 母がいて、

 兄がいて、

 姉がいて、

 ぼくがいて、

 妹がいる。

 だいすきなぼくの家族。弟までそろったら、何だかとってもきれいでカンペキだ。

 夢の中で、色んなことを考える。

 弟が欲しい、と考える。

 


 次の朝、父に言った。「ぼくが足りない材料を集めるよ」

 でも、どんなもので弟ができるのか、ぼくには分からないから教えてほしい。父はうーんと悩んで、ぼくと手をつないだ。

 

 父といっしょに母のところへ行く。

「弟が欲しいんだって」と言われた母は「昨日聞いたわ」とぼくをだっこする。ぼくは、妹と弟はちがうけど、妹と同じくらい弟を大事にできると言ってみせた。「あら。でもあの子、さっき泣いていたわよ」母は困ったように言った。「本当に、大事に出来てるの?」


 父と母といっしょに妹を探す。

 兄に、妹がどこにいるか尋ねた。「さて、どこかな」兄も知らないみたいだ。お部屋、リビング、バスルーム。妹はどこにもいない。


 父と母と兄といっしょに妹を探す。

 姉に、妹がどこにいるか尋ねた。「さて、どこかしら」姉も知らないみたいだ。階段の上、クローゼットの中、ウッドデッキの下。妹はぼくより小さくて、かくれんぼが強い。


 父と母と兄と姉といっしょに妹を探す。

 兄が、「もうひとりいたら、探すのもラクなのかもな」と言った。「もうひとり弟、欲しい?」と尋ねたら、「欲しいかもな」と言った。昨日の言ったことは、ウソだったのだろうか?兄は「心がわりってやつさ」と言った。


 妹は見つからない。きっと泣いているのに声も聞こえない。「どこかな」とぼくが言うと、みんなも「どこかなぁ」と言う。

 ぼくはうーんと悩んでみた。妹のことを考えた。かくれんぼが強い妹は、さいきん同じところにかくれたりする。

 そうだ、とひらめいた。まだ探していないのは、庭の大きな木のうらがわだ。妹がかくれんぼでよくいる場所だった。ああ、妹。みーつけた。


 妹はさんかく座りで、ひざに顔をうずめていた。ぼくは妹のなまえを呼んだ。顔をあげた妹の目は真っ赤だった。「弟なんていらない」と言った。ぼくも「妹と弟はちがうんだよ」と言った。「だから、妹はきみだけで十分さ」とほっぺにキスをしてみた。妹はぱったり泣き止んだ。


 

 父と母と兄と姉と妹といっしょに、リビングに集まる。

「弟、いてもいいよ」と妹が言った。ありがとうと言うと、「でも妹はわたしだけね」と釘をさしてきた。

 

 父は家族を見回すと、うんと頷いた。「材料がそろったよ」と言った。「材料って、どんなの?」参考までに聞きたかったけれど「企業秘密」と言われた。それはしかたない。

 

 母がぼくをだっこした。妹には聞こえないような小さい声でぼくにささやく。

「これから弟をつくってみるけれど、わたしたちも大人だから、失敗することがあるの。もしかしたら弟は出来ないかもしれない。妹が出来あがるかもしれない。あとは、とんでもモンスターかもね。それでもいい?」

 

 ぼくは考える。少し前にあった、父の誕生日のことを思いだす。「ぼくのことを考えてくれたプレゼントなら、どんなのだってうれしいよ」と言ってみた。母はにっこり笑った。もしもうひとり妹が増えることになっても、今の妹には、心がわりってやつさ、と言ってみることに決めた。


 母がぼくのほっぺにキスをして、しばらくのあと。

 ぼくの家族がふえた。

 


 ***



 ぼくには父と母がいる。

 それから兄がいて、

 姉がいて、

 ぼくがいて、

 そして妹がいて、

 弟もいる。

 

 ここまで来れば、きれいでカンペキだ。ぼくの家族のできあがり。

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