大切なお願い

キングスマン

大切なお願い

 まずはこちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 次に、こちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 最後にこちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 おそらくみなさんは今、こう思われているのではないでしょうか。

 まったく同じ文章を三回も見せて、なにがしたいのかと。


 偶然同じ文面になっているものの、これらは全て異なるメディアから引用しています。


 まず一つ目は、サプライズで遊園地に行くことを告げられた幼児の感極まった歓喜の声を文字に起こしたもの。

 二つ目は人気ホラー小説の終盤で悪霊が除霊され、かされている場面を描写したもの。

 三つ目はアジアのスーパースターであり親日家としても有名なイク・イッチャウ氏と遭遇して感情が限界突破したファンがSNSに投稿した魂の叫びです。


 みなさん、よく見て、よく考えてください。

 これらの文章に『あ』はこんなに必要ですか?


『あ』はとても優れた文字です。

 ちょっとした感情の吐露、ふとした気づき、歓喜、狂気、悲鳴、絶叫、全てに対応してくれます。

 ゆえに、人はそれを過剰に使用する傾向にあります。


 みなさんは一つの『あ』が生まれるまでに、どれだけの道筋をたどっているかご存知ですか?

 まず、畑に種を植えます。

『あ』は繊細なので、日光や水分の調整には、花や野菜とは比較にならない配慮が求められます。

 二年後、すくすくと成長した『あ』を収穫します。

 そこからさらに風通しのよい涼しいくらで、半年間寝かせます。

 その後、熟練の職人さんたちの手で『あ』のあの美しい姿にかたどられていくのです。

 全て手作業です。『あ』は機械で作ることはできません。

 そしてついに完成した『あ』は様々な場所に運ばれ、みなさんのパソコンやスマートフォンで表示される『あ』になるのです。


 知っていますか?

 原価高騰、後継者不足、昨今の世界情勢などの影響で、深刻な『あ』不足の予兆があることを。


『あ』がなくなるなんて信じられない? それは傲慢で恥知らずな発想です。

 確かにこの国では、綺麗な水も美しい『あ』も当然のように享受できます。

 しかし世界では、よごれた水を飲むほかなく、『あ』なんて見たことないというこどもたちがたくさんいるのです。


 みなさんは恵まれています。だから気づけないのです。


『あ』はあって当然。無駄遣いしても心は痛まない。

 それを見る私の心はとても痛いです。


 今この瞬間だけでかまいません。想像してください。

『あ』のなくなってしまった世界を。


 例えば現在大ヒット中のドラマ『きみのあいがほしい』は『きみのいがほしい』になってしまいます。

 甘いラブストーリーが、胃をほしがるやばいやつが登場するサイコサスペンスになってしまいました。


 もう一つ。昨日放送された、これまた大人気アニメのワンシーン。

 闇堕ちして狂暴化した主人公に向かって彼の妹が怯えた声で『……お兄ちゃんが、あくまになった』とつぶやきます。

 声優さんの名演もあって、そのエピソードの象徴的なシーンとして話題を呼びました。

 が、この名場面も『あ』を失った世界では『……お兄ちゃんが、くまになった』になってしまいます。

 かわいいですね。


 もちろん、これらはただの仮定です。

 同時に、このまま『あ』を節操なく大量消費すれば、きたるべき未来になりえるのです。

 どうか、よく考えてください。


 特に、作家のみなさん。

 いいネタが浮かばない、スランプであるといった極めて個人的な感情からキーボードの『A』を押さえつけ、無駄に画面上に『あ』を並べることが多いのでは?

 そして大量発生させた『あ』を、まるでゴミ掃除するみたいに一気に消去したことは?

 これが虐殺ではなく、なんだというのです?

 先ほども申しましたように『あ』は大量生産できません。

 たくさんの時間と、自然の力、人の手によって、大切な大切な『あ』は誕生するのです。

 そんな『あ』たちのしかばねの上にできた物語がどれだけ素晴らしく、どれだけ人の心に響こうとも、私はそれを美しいとは思いません。


 少し、感情的になってしまい、申し訳ありません。

 私は何も、みなさんに『あ』を使うなと言いにきたのではありません。

 適切な使用であれば大歓迎です。

 ときどきやってくる、どうしようもなく嬉しいとき、悲しいときに『あ』の力を借りたいこともあるでしょう。

 そのときはどうか遠慮なく『あ』をたくさん使ってください。

 きっと『あ』も喜んでいますよ。


 ここまでのご静聴に感謝します。

 最後に私の一番大好きな『あ』のつく言葉でスピーチのバトンを次の方に渡したいと思います。

 ありがとうございました。






 いやはや、とても素晴らしく心温まるメッセージでしたね。

 私もかくありたいと思うものの、残念ながら今日はみなさんにこの世界が直面している危機を認識していただくためにここにいます。


 まずはこちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 次に、こちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 最後にこちらの文章をご覧ください。


 ああああああああああああああああああああああああああ!

 いく! いっちゃううう!


 おそらくみなさんは今、こう思われているのではないでしょうか。

 それ、さっきも見たぞと。

 ねえ、みなさん。

 みなさんはご存知ですか?


 人類の無自覚で無計画な乱獲のせいで、いま世界中の海から『!』が消えているという事実に。

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