魔術師と魔女
第30話
――魔法連合会。
このヴァリテル王国で知らぬ者はいない、巨大な魔法研究組織だ。
魔法連合会本部は、王族を意識してか、造りは王宮そっくりになっている。手入れが行き届いた広大な庭園と、そこを抜けると傷一つない白亜の城が現れる。
ヴァリテル王国の天空に浮かび、王族をも見下ろす。我らこそがヴァリテル王国の頂点だ、と言わんばかりに。
そしてその最上階は、限られた者しか入ることができない。
「失礼いたします、会長」
とある一角の、荘厳な扉が控えめに叩かれる。「入れ」という承諾の声に、ひとりの男は静かに扉を開けて、身体を滑り込ませる。
毛足の長い紅い絨毯が敷かれ、最奥に執務用の机が置かれてある。背後の飾り窓から光が差し込んでおり、座っている人物の顔はよく見えない。ただ、鼻下から生えた長いひげが、入ってきた人物を認めてふさふさと動いた。
「おお、公爵か。こちらにきたまえ、待っていたのだよ。どうだ、『魔女』は捕獲できたか」
「それが……ゲイビー伯爵の報告によると、どうやら失敗したようで」
明るい調子で話しかける老人とは反対に、公爵と呼ばれた男は暗い面持ちでしずしずと頭を下げた。
その報告を聞いた途端、老人の纏う雰囲気が一気に怒りへと変わる。
瞳孔が開き、歯をむき出す。それでも怒りの感情が発散できなかったのか、ダンッと大きな音を立てて執務机に両の拳をたたきつける。
「……なんだと!? 魔術師が、魔法も使えぬただの小娘にしてやられたというのか!?」
「どうも、あのディートリヒ様が関わっていたようです」
一方、怒りを向けられた公爵はひるむことなく、ただ事実だけを伝える。
これは公爵の失態ではない。同じ組織に所属するだけの関係のゲイビー伯爵の息子の失態。この程度の仕事もこなせなければ、キルノック子爵が魔法連合会の一員になることは、未来永劫叶わないだろう。
「なんでも、以前から専属薬師にすると、話がついていたとか」
「……ッチ。魔女めが、誑かしたか。『アレ』は魔女に惹かれやすい体質らしい」
老人は舌打ちをして、椅子に座り直した。先ほどまでの怒りはない。どうやらこの報告で納得するところがあったらしい。
公爵は顔をあげ、無表情に返事する。
「はあ……そういうものですか。魔術師の自分には、まったく分かりませんが」
「とにかく、忌々しき魔女とあの御方がこれ以上関わってしまうと厄介だ。なんとか引き離す方法を考えたまえよ」
「婚約者をあてがうのが早いと思いましたが……。まさかよりによって、薬に頼る馬鹿者がいるとは」
「その話を聞いたときには、流石に肝を冷やしたぞ、まったく。しかしおかげで、薬師を規制するきっかけは作れたのだ。その辺も上手くやっているな?」
「はい。最近の社交界では、その話で持ちきりでございます。弾圧の声が上がるのも時間の問題かと。あとの問題は、ディートリヒ様ですが……」
なんとか彼を、魔法連合会へ引き入れなければ。その材料が欲しい。
老人はぽつりと呟いた。
「やはり、ネルヴェア伯爵の娘がいいのではないか? あの御方ほどではないが、かなり近い力を持っている。二人の子には期待ができるだろう」
「さようでございますね。レナ嬢も、ディートリヒ様に気があるようですし」
公爵は、脇に抱えていた紙の束をめくった。
「お二方とも、招待状に対して参加の意思をお示しです。ちょうどよいタイミングですね」
「それはよかった! 魔法連合会、いや、我々の悲願が順調に叶いつつあるのだ。こんな素晴らしいことはない!」
ディートリヒとレナが魔法連合会の招待を受けた。それを知った老人は、若返ったように声を上げる。
「くれぐれも、二人には失礼のないようにするのだぞ。魔術師の未来がかかっていると言っても過言ではないのだから」
公爵はその言葉を受け、深々と頭を下げた。
今がそのときだ。魔術師は、まだ見捨てられていなかった。再起のときなのだ。
「――はい、会長。すべては魔術師の未来のために」
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