③ 燃え尽きた花火の先で

 Side-凛空


 ドンという衝撃音と共に、泉先輩に包まれたまま、宙を舞った。


 次の瞬間、地面に叩きつけられるようにバウンドして、彼の胸に顔が密着。


「うっ!」

 と耳元で泉先輩の唸り声が聞こえて、徐々に体の拘束が緩くなった。


「やだ……泉先輩……」

 私を庇った彼がクッションになって、幸い私は無傷のよう。

 目の端に映る、すごい勢いで走り去る紫のワンボックス。


「ひき逃げだー、ひき逃げー」

「警察呼べー」

「救急車が先だー」


 どこからともなくそんな声が聞こえる。


 ――ひき逃げ?


 泉先輩は腕を抱え込んで蹲っているが、意識はあるようだ。

 アスファルトにはドロドロと血が流れだす。

 彼の側頭部からの出血だった。


「きゃーーーーーー、誰か、誰か、助けて」


 その時。


 コンビニにたむろしていたバイク集団の中から、数台のバイクが勢いよく駐車場を飛び出した。

 紫のワンボックスを追いかけたのだ。

 ブォン、ブォンブォンブォンとエンジンを鳴らしながら。

 行き交う車をすり抜け、すごいスピードで追尾し、あっという間にワンボックスを取り囲んだ。


「泉先輩……」


 泣きそうになりながら、蹲る彼の背中をさすった。


 コンビニの駐車場から二人の若者が駆け寄り「大丈夫ですか?」といいながら、泉先輩に肩を貸し路肩に移動してくれた。


「君も大丈夫? 今、救急車呼んだから。5分ぐらいで到着する」

 見た目は金髪に染め上げたベリーショート。目元に小さな古傷があって、いかにもやんちゃそうな男性だ。


「ありがとうございます。私は大丈夫」


 さっきまで怖いと思っていた連中だったが、意外にもその素顔は精悍で優しそうだった。


 もう一人の男性は、青い髪をしている。

 指には指輪みたいなタトゥー。

 首の後ろからも刺青が覗いていた。

 自前のハンカチで泉先輩の側頭部を止血している。

 泉先輩に声をかけながら目の前で人差し指を立て、意識を確認している様子。


「多分、問題ないよ。頭って派手に出血するからね。ちょっとびっくりするけど。意識がしっかりしてるし、視覚にも問題ない。大丈夫大丈夫」


 そう言って、私を安心させるかのように、にっこりと笑顔を見せた。


「問題は腕だな。多分折れてる」


 そう金髪の人に話しかけた。


「けっこう飛ばされたもんな」


「え? 折れてるって……」


「大丈夫。生きてりゃ骨折ぐらいするよ。2ヶ月ぐらいで治るから心配いらない」


「しかし、お前、やるな! 咄嗟に彼女守るなんてヒーローかよ」

 そう言って揶揄うように笑った。


「あの、ありがとうございました」

 泉先輩は痛みに顔を歪めながら頭を下げた。


 そこへ一台のバイクが走り寄った。

 ワンボックスを追尾していたバイクだ。

 バイクの主はフルフェイスのヘルメットを脱いで、髪を整えるように頭を振った。

 ウェーブがかった黒髪の向こうから、形のいい目元が覗く。


「あの運転手、酒酔い運転だった。仲間たちが進路を塞いでるから、後は警察に任せよう」

 落ち着いた声色は風貌からは想像もつかないほど大人びていた。

 控えめに行ってイケボだ。


「あの、ありがとうございました。後日……お礼をしたいので……連絡先を」


 泉先輩は痛みに耐えながら、そう言ってバイクの主を見上げ、ポケットから携帯電話を取り出した。

 しかし、携帯電話にはひびが入っていて、電源が入らない。

「くそっ」

 そう言って、私を見た。


「連絡先を聞いて」


「ガキが、お礼とかマセた事考えなくていい。ただ、怪我の状態だけは連絡くれ。一応、心配だからな」


 そう言って、携帯電話を取り出した。


「これ、俺の番号」

 そう言って、携帯の画面をこちらに見せた。


「090、38……、あの、お名前は?」


「ハルマ。山内春真だ」


「え?」

 泉先輩が変な声を出した。


「山内……せんぱい……」

 小さく呟いたその声は、私にしか聞こえていないようだった。




 Side-芙美


「三個目」

 淡々とした口調で、伊藤君は導火線に火を点ける。

 筒からは連発の花火が打ち上って燃え尽きた。


「四個目。30連発だって」

 じりじりと導火線が炭になり、数発の火の粉が空に舞い上がる。

 30連発と言っても、あっという間だった。


「五個目」


「六個目」


「七個目 」


 次々に花火は燃え尽きても、大牙君と凛空が戻る様子はなかった。


 私はスカートのポケットから携帯電話を取り出して


「大牙君に電話してみる」

 八個目の花火に火を点けようとしている伊藤君に向かって、そう言ったが彼は無反応。


 リダイヤルから彼の番号を呼出し通話ボタンを押した。


『おかけになった番号は、電波の届かない場所にあるか――』


「え? 繋がらない」


 何度かかけ直したが、同じアナウンスが流れるだけだった。


 救急車とパトカーが、派手にサイレンを鳴らしながら通り過ぎる。


「ねぇ、何かあったんじゃないかしら? 携帯が繋がらないの」


「え?」

 伊藤君はようやくこちらに振り返ったが、12個目の花火に点火した後だった。


「考えすぎだろう」

 彼の背後で、10連発の花火が夜空を舞った。


「俺の、勝ち」


 じりじりとこちらに近づいて来る。

 体は硬直して、身動きが取れない。


「いや……やめて」


 その時だ。


 手に持っていた携帯電話が、着信を知らせた。


 画面には『凛空』の文字。


「もしもし!」

 急いで、通話ボタンを押す。


『お姉ちゃん、大変なの。事故に遭って、泉先輩、今から救急車に乗る。すぐこっちに来て!』


「え? 事故?」

 頭が真っ白になった。


『私をかばって車にひかれたの。頭から血がたくさん出て』


「今、どこ?」


『花火を買ったコンビニの前よ』


「すぐ行く!」


 通話を終了し、伊藤君をその場に残して、逃げるように駆けだした。



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