② 終わらないで花火

 Side-芙美


 凛空は、はしゃぎながら。

 大牙君はそんな凛空に引っ張られるように。

 しぶしぶ、だけどどこか楽しそうに、うろ覚えのコンビニを求めてこの場を後にした。


 伊藤君は川に向かって、またタバコに火を点けた。

 心許ない街の灯りが、風を含んで膨らんだ派手なアロハシャツを映していた。


 未来の出来事を知ってから、ずっと伊藤君が怖かった。

 けれど、凛空に暴力をふるったりはしないらしい。

 それなりに優しくて、いい彼氏だと言っていた。


「ねぇ、伊藤君」

 彼の背中に声をかけると

「あ?」

 と言って振り返った。


「いつもたくさん野菜くれて、助かってた。ありがとう。学校ではなかなか話す機会なかったから、ずっとお礼も言わずに、ごめんね」


「いや。どうせ余ってる物だから気にすんな」


「スイカ、おいしかったな」


「今年は大玉のスイカ作ったんだ。明日、持って来てやるよ。あ、今、泉んちにいるんだっけ?」


「そう。色々あって、一緒に暮らす事になったんだ」


「じゃあ、泉んちに持って来てやるよ」


「ありがとう」


 彼は少し照れたように、また川の方に向き直った。


「伊藤君、関了学園からサッカーで特待来てたんでしょ? どうして一つ星に入ったの?」


「別に……。サッカー選手になるつもりないからだよ。それに……」


「それに?」


「お前がいたから」


「そんなの……変だよ。私は泉君と付き合ってたし、伊藤君は凛空と付き合ってたじゃん」


 伊藤君はタバコを地面にこすりつけて、花火の燃えカスをまとめてある袋に投げ入れた。


「あいつら、遅いなぁ。コンビニってそんなに遠かったっけ?」


 そう言って、車道の方に視線を向けた。


「そうね。早く帰って来ないかな。打ち上げ花火、早くやりたいね」


 そう言うと、彼はポケットからライターを取り出して。

 ずらりと並べてある打ち上げ花火の導火線に、躊躇なく火を点けた。

 しゅっと背の高い一番端の花火が、シュルシュルと音を立て、ヒューーーっと空に炎を飛ばす。


「あ! ダメだよ。フライング!」


 パンと一回、チープな音を立てて弾けた花火が、夜空に濃い煙の塊を作った。


「音だけかよ」


 彼の気の抜けた笑い声に釣られて、私も笑う。


「ダメじゃん。凛空に怒られるよ」


「いいよ、別に。どうせあいつはいつも怒ってばっかりだ」


 そう言って、私の顔をじっと見つめた。


「この花火、全部打ち上げるまでに、あいつら帰って来ると思う?」


「どうかな?」


「賭けようぜ」


「え?」


「一個ずつ順に火を点ける。これ、全部終わるまでに、あいつらが帰って来るかどうか。どっちだと思う?」


「うーん。帰って来る!」


「俺は帰って来ないと思う」


「どうして?」


「理由はないよ。賭けってそんなもんだろ」


「そっか」


「俺がこの賭けに勝ったら……キス、しよう」


「え? いやよ。そんなのダメに決まってるでしょ」


 そんなセリフは彼には届かない。

 まるで聞こえなかったみたいに、彼はライターで2個目の花火に火を点けた。


 オレンジ色のシャワーみたいな花火が筒から噴き出して、僅か10秒ほどで煙となった。


「ねぇ、やめて。みんなでやろうよ。こんなの楽しくないよ」


 彼は何も答えず、また次の花火の導火線に火を点けた。




 Side-大牙


 街灯と、行き交う車のヘッドライトを頼りに、辺りを見回すがコンビニらしき看板は見当たらない。


 僕と凛空は、結局来た道を引き返し、花火を買ったコンビニまで足を運んだ。

 駐車場には、夏に浮かされた若者が集団でたむろしていて、高校生の頃の僕だったら改造バイクと派手な金髪に、きっとびびってた。

 首や腕から露出するいかついタトゥーは見ない振りをして、店内に入る。


 向こうもこちらなど気にしていないかのように見えた。


 店舗奥の冷蔵庫から目的のジュースを探す。


「えっと、コーラでしょ。カフェオレ、お姉ちゃん、何って言ってたっけ?」

 凛空は僕が持っているオレンジのカゴに次々とジュースを放り込んだ。


「ポカリって言ってなかった?」


「ああ、そうだ。ポカリ。大きいのがいいかな? 500でいいかな?」


「500でいいでしょ」


 うんと頷き、凛空が500ミリリットルのペットボトルをカゴに入れた。


「おやつも買いたいな」


 10分ほど歩いて辿り着いたコンビニ。

 お遣いだけではもったいない気がして、凛空の要望には僕も賛成だった。


「肉たくさん食べたけど、お菓子は別腹だよな」

「だよね」


 凛空は笑顔を咲かせる。

 その笑顔は、やはり芙美によく似ていると思った。


 ポテチにじゃがりこ、ポッキーやキットカットなんかを適当にカゴに入れて会計をする。

 財布を取り出そうとする凛空に手のひらを向けて制止した。

「いいよ」


「いいの? おごってもらってばっかり。なんだか悪いな」


「妹なんだから、お兄さんに甘えればいいんだよ」

 お道化て見せると、素直に財布を引っ込めた。


「お兄さん、ごちでぇす」

「うんうん。それでよし」


 楽し気な笑い声が静かな店内に響いた。


 会計が終わり外に出ると、若者たちはバイクに跨り、発進するわけでもなくマウントを取り合うようにエンジンをふかしていた。

 爆音が耳をつんざく。


 その音が怖いのか、凛空は僕のシャツの裾をぎゅっと握った。


 目の前の青信号が点滅を始めていて

「急いで渡ろう」

 レジ袋を持っていない方の手で、凛空の腕を掴み小走りした。


 もうすぐ渡り終える。

 その時だった。


「あ!」


 バイクの爆音で、その声の意味は遅れて僕に届いた。

 ギリギリ渡り終えた所で、凛空は僕の手をするりと抜けた。

 振り返ると、横断歩道の途中になにかが落ちている。


「財布! 落とした」


 爆音の中で凛空がそう言ったような気がした。


 信号の変わり目。

 右折を焦る車が一台、勢いよく横断歩道にさしかかる。


「危ない!!」


 財布を取りに戻った凛空を、閃光のようなヘッドライトが襲い掛かった。


ビーーーーーと鳴り響くクラクション。


「凛空ーーー!」


 僕はレジ袋を放り出し、車と凛空の間に飛び込んだ。


 キキキキーーー!!


 派手なブレーキ音が、鼓膜をつんざいた。

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