第二話 タイムリープしたようなので人生をやり直そうと思います
① 今度こそ絶対に君を死なせない
「おええーーーー、おえっ、グゲゲゲゲーーーー」
思わずトイレに駆け込み、便器の中に派手に嘔吐した。
何食わぬ顔で期待に胸を膨らませ、そこに存在していた梨々花に吐き気を感じずにはいられなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
トイレを流す音。
洗面台で蛇口から流れる水の音。
くぐもって聞こえる店内のBGM。
スタイリストがアシスタントに出す指示の声。
「シャンプーお願いしまーす」
「かしこまりましたー」
全てがリアルに時を刻んでいる。
洗面所で顔を洗い、鏡に映る自分の顔をまじまじと眺める。
茶色く染めた髪に、爆発したみたいなツイストパーマ。
韓流スターみたいなツーブロック。
しかし、洗練されていない。
真似ただけのイケてないヘアースタイルはどことなく古臭さを感じる。
肌は艶を帯びて張りがある。
伸ばしていた顎髭もなくなっていて、ツルツルだ。
腕時計はアップルウォッチからGショックに変わっている。
仕事柄、防水に優れているGショックが僕の必須アイテムだったのは10年前の事。
恐々、文字盤を確認すると――。
2014・3.20の文字。
美容学校を卒業し、アルバイトから晴れて正社員になった日だ。
Gショックが日付を間違えるはずがない。
と言う事は?
タイムリープ??
いや、まさか。
夢??
「泉ー! 泉ーーー!!」
「は、はい!」
「お前なにやってんだ? 二日酔いか?」
トイレのドアが開いて一番、山内先輩が顔を出した。
「ああ、いえ。すぐ行きます」
「ただでさえお客様をお待たせしてるんだぞ。さっさとシャンプー入れ!」
「かしこまりました」
トイレのドアが閉まると同時に、思いっきり自分の頬をひっぱたいてみた。
ペチっ。
「いってー。夢じゃない!?」
夢であっても醒めないのなら、仕事するしかないかー。
いや、待てよ。
この後確か……。
梨々花はお誕生日クーポンを差し出してこう言うんだ。
『シャンプーとブローお願いします』
しかし、お誕生日クーポンはカラー、パーマ、縮毛矯正に限り50%オフと謳った物で、シャンプー・ブローには使えない。
しかし、僕は指名してくれる唯一の客である梨々花のために、半分自腹を切ってオーダーを受けるのだ。
指名を落としたくなくて……。
思えばその時から、梨々花は僕に懐き始めた。
もしも僕がシャンプーに入らなければ、他のアシスタントが担当する事になる。
もしかしたら、梨々花との結婚は回避される?
いい人材がいた。
10年後もうだつが上がらない美容師で、激安サロンで時給1000円で働いてボロボロになっていたあいつ。
宇都圭太。
手先だけは僕よりも器用で、先にスタイリストデビューするが、プライドの高さが邪魔をして、店長と喧嘩し首になった男だ。
働き口がなく、とうとう美容師の墓場と言われている激安店に入店したんだっけ。
あいつには散々嫌がらせされたからな。
僕はフロアに戻り、頑なにシザーケースを持たず、ワゴンの上に道具を揃える店長を目の先に捉え、そっと近づいた。
「今日は随分温かいですねー」
年配の客のパーマが終わり、仕上げに入る所だ。
グッドタイミング。
僕はわざとワゴンに足を引っかけて、派手に転んで見せた。
グワッシャーーーン。
「きゃああーーーー」
悲鳴と共に
「失礼しましたー」
と他のスタッフがざわめく。
思い描いた通りにワゴンはひっくり返って、ハサミやレザーが床に散乱する。
半分開いて、ギラリと鋭い刃を見せるレザー。
その隙間にスっと指を差し入れた。
「痛!」
これまた思い描いた通りに血を吹き出す指先をぎゅっと握り、更に血を絞り出す。
深く刃が刺さり込んだ指の傷口からは、派手に血が流れて来る。
「ちょっと、何やってるの? 泉君! 大丈夫?」
店長が慌ててタオルで僕の指を覆った。
「誰か! バックヤード! 3番お願いします」
3番というのは、指を切った時、客に知られないよう傷の手当をしに行くという、この店特有の隠語だ。
バックヤード、と付けたのは、バックヤードに入って誰か手当をしてあげなさいという指示だ。
派手に怪我をすれば、止血するまで仕事はできない。
この日、30分以上待合で待たされていた梨々花のシャンプーは当然他のスタッフに割り当てられる。
「泉君。大丈夫か?」
手当に駆け付けたのは。
10年後もうだつの上がらない美容師の宇都。
「ありがとう。大丈夫。手当は自分でやるんで、
「わかった。任せろ!」
宇都は快く引き受け、僕の顔の前で、拳を握った。
ほくそ笑みながら立ち上がり、一人でバックヤードに向かう。
転んだ衝撃で足が少し痛むが問題ない。
しばらく、この先の事を考える余裕もできた。
10年前にタイムリープしたという事は、保坂芙美がまだ元気で生きているということだ。
そして、伊藤ともまだ結婚していない。
二人が結婚するのは、2014年9月1日。
およそ半年後。
二人の結婚は絶対に阻止しなければならない。
そして、今度こそ、絶対に彼女を死なせない!
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