君と僕のガラクタだった今日に虹をかけよう
神楽耶 夏輝
第一話 君の命日と僕の結婚記念日
① 大切な記念日
サプライズなんてするもんじゃない。
――2024年3月20日。
今日は妻
3年前の今日、僕たちは結婚した。
そして今日、梨々花が25歳を迎えた。
朝の陽ざしはだいぶ強くなっていたが、梨々花は起きて来ず。
僕は逸る気持ちを抑えきれず、こっそりとベッドを抜け出して、マンションの駐車場へと向かった。
愛車のトランクを開け、昨夜準備しておいた花束とプレゼントを取り出した。
そして、彼女が喜ぶ顔を脳裏に想い描いていた。
赤いバラを25本。ピンクのバラを3本。
赤いバラは妻の年齢。
ピンクのバラは結婚した年数。
年々大きくなっていく花束を想像して幸せを噛みしめた。
これからも順調に大きくなっていくに違いない。
部屋に戻り、まだベッドで夢の中にいる梨々花の横顔に口を寄せ。
「誕生日おめでとう。それから結婚記念日、おめでとう」
その声で、「ん~~」とまどろんで、ゆっくりと目を開け、徐に起き上がる梨々花。
「お花?」
「ああ、去年より一本ずつ増えてるんだ。君にはやっぱりバラがよく似合う」
「ありがとう」
梨々花は整った素顔で、アンニュイに笑った。
「来年からはケーキがいいわ」
イメージと違う反応に、しばし戸惑った。
「どうして?」
「お花ってお世話が大変だし、何も残らないじゃない。どうせ残らないのなら美味しいケーキがいい」
「そう……」
お世話って言っても、花瓶に突っ込むだけだろう。
ドライフラワーは好きじゃないからって、日陰に吊るしたりもしない。
どうせ枯れたら、いつもあっけなく捨てるくせに。
せっかくの気持ちを、素直に受け取ればいいものを。
そんな言葉をぐっと飲み込んだ。
「そうか。来年からケーキにしよう。それから、これは誕生日プレゼント。25歳おめでとう」
ポケットから取り出した小さな箱を差し出す。
「ありがとう。何かしら?」
「開けてみて」
今度こそはバラにも負けない笑顔が見れるはずだ。
「ティファニー? ああ! アンクレット」
「欲しいって言ってただろ」
梨々花の表情は更に影を濃くした。
「私が欲しいって言ってたのは、カルティエよ。カルティエのアンクレットが欲しかったの。でも、まぁいいわ、これでも」
「ごめん」
こんなはずじゃなかった。
もしもタイムリープなんて魔法が使えたら、昨日に戻って花束をケーキに、ティファニーをカルティエに変える事ができるのに。
せっかくの記念日の朝が台無しになってしまった。
「悪かったよ」
梨々花はふんっと鼻をならして浅く頷くと、さっさとベッドから立ち上がり、バスルームに向かった。
勢いよく床を打ち付けるシャワーの音を聞きながら
「夜はフレンチのお店を予約してるんだ。君を驚かせようと思って」
フロストガラスのドア越しにそう声をかけた。
「今夜はのりちゃんたちと約束があるの。もう少ししたら出かけるわ」
「また飲み会?」
「またって言われるほどでもないわ。週に1回程度よ」
「キャンセルしろよ、今日は結婚記念日だろ。一緒に過ごすのが普通じゃないか?」
「冗談言わないで。もう一週間も前から決まってた事なの」
冗談言わないではこっちのセリフだ。
半年前から計画して予約しておいたレストランは一見さんお断りのミシュラン3つ星の本格フレンチだぞ。
シェフの知り合いだという取引先の営業に口をきいてもらってようやく取れた席なんだ。
一人5万円のフルコース。
キャンセルは100%のキャンセル料まで取られる。
「それに今夜もあなたは当然仕事だと思ってたし、レストランを予約してるなんて知らなかった。知ってたらもちろん優先したわ」
「そう……」
惚れた弱味から、彼女にはどうしても強い事が言えない。
「わかった。ディナーは岡崎でも誘うとするよ。キャンセル料勿体ないし」
何より、一人で家にいたら頭がおかしくなりそうだ。
「岡崎はどうせ今夜も暇だ」
梨々花と出会ったのは10年前。
当時、15歳だった梨々花は、バイト先の美容室のお客さんでやたら僕に懐き、よくカットモデルもかって出てくれた。
絵に描いたような美少女で、年を増すごとに美しく成長していき、たちまちモデルの世界で華やかに雑誌を飾って行った。
僕は美容師として才覚を発揮する事はなかったが、幸い経営に向いていて、今はそれが大当たり。
親父に1000万という金を出資してもらい、美容に特化した経営コンサルタントの会社『グロウアップ』を立ち上げたのは7年前。
23才の時だ。
相談役としてテコ入れに力を貸す事から始め、業績の悪いサロンごと買い取ってスタッフ教育からやり直す。
売上の上がるサロンに成長させて売却する事を生業としている。
今や従業員数は100人を超え、株主は200人を超えた。
スタンダード市場に上場も夢じゃない業績を上げている。
梨々花はまだまだ現役のモデルとして需要はあった物の、毎日抱えきれないほどの案件に忙殺されている僕のために、家庭に入ってくれたのだ。
少々のわがままには目を瞑らなければいけない。
◆◆◆
Side-梨々花
「お待たせー」
真っ青な空に向かってそびえる大型商業ビルの前に、紺のBMWが停車して、窓から伊藤さんが手を出した。
薄いサマーニットに玉虫みたいな色のサングラス。
春と言うより、夏を先取りしたような恰好だ。
茶色く染めた髪が強く吹いた風になびいて揺れた。
颯爽と止まった車の助手席を開けて、乗り込んだ。
「待った?」
「ううん。全然」
「誕生日、おめでとう」
伊藤さんはそう言って、車の後部座席に向かって親指を向けた。
そこには、真っ赤なバラの花束。
「ぷっ!」
思わず笑ってしまった。
「ええ? なんで? 何がおかしいの?」
「だって、
「はぁ? 嘘だろう」
「本当よ。それで今朝、軽く喧嘩しちゃった」
「喧嘩とかするんだ? あいつが感情的になる所、想像つかないけどな」
「感情的になんてならないよ。いつも私の方が一方的に怒ってるの。大牙君はいつも何考えてるのかよくわからない。今日も突然フレンチ行こうなんて言い出すし」
「良かったのかよ? 結婚記念日なんだろ?」
「別にいい。伊藤さんと一緒の方が楽しいし」
「楽しい? 気持ちいいの間違いじゃない?」
「んふふ~、やだーエッチー」
伊藤さんは、夫である
初めて逢ったのは結婚する3ヶ月ぐらい前だったかな。
伊藤さんと伊藤さんの奥さん、私と大牙。それから彼の同級生数人で食事に行って、飲みに行って、最後はカラオケボックスでぐっちゃぐちゃのベロンベロンになったのが初めての出会いだった。
みんなほぼ酔いつぶれて、私たちのキスには誰も気づかない。
私の人生で、あれほど刺激的だった夜は、後にも先にもあの時だけだ。
大牙君の背中に隠れて手を握り合い、指をからめた。
カラオケボックスをこっそり抜け出して、ビルの隙間に隠れて快楽を求めあった。
大牙君にはないチャラさと女性の扱いの器用さが新鮮で、すっかり夢中になって行った。
それなのに、なぜ大牙君と結婚したのかって?
そりゃあ、農家の息子である伊藤さんより、ベンチャーとはいえ、成長著しい企業の社長の方が、物件としては買いでしょ?
農家の嫁なんて絶対に無理!
毎日忙しく、プライベートでは鈍感な彼が、私たちの浮気に気付くはずなんて、絶対にない!
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