友人が、なろう系を卒業するらしい
天西 照実
第1話
並木の枝葉が風に揺れる。
やっと暑さも落ち着き、木漏れ日も優しく感じる昼下がり。
友人はアイスレモンティーを注文し、私はホットコーヒー。
お洒落な喫茶店で、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「夢の中に女神さまが来てね……」
唐突に始まる友人の話に、私は周囲へ目を向けた。
せっかくのお洒落な喫茶店で、妙な二人組と思われたくはない。
この友人は異世界転生ものや、なろう系というジャンルのネット小説マニアだ。
死んでしまった現代人が異世界へ転生し、人生をやり直すというストーリーが多いらしい。
現代知識を持ったままファンタジー世界で成り上がるとか、転生の女神に特殊なスキルをもらって無双するとか。
……いつも私を、そちらの世界に誘うのだ。
残念ながら私は、気が向いた時に興味をもった本を読む程度。
マニアを名乗るだけあって、スマホ検索で出てくる内容よりも広く深く説明してくれる。
しかし私は、その知識より先に『好みは人それぞれ』という現実を知ってほしいという感想をもつだけだ。
私が彼女に呼ばれて会いに来るのは、地元の友人がみな結婚してしまい、唯一の行き遅れ仲間だからという理由だ。
お互いに結婚意欲がない。
細々と繋いでおきたい縁ではあるが、そんな彼女の夢は『異世界転生』なのだという。
「夢の中に女神って……寝てる時に見た夢の話?」
と、私が聞くと、友人は身を乗り出して、
「うん。一昨日の夜に見た夢」
と、答えた。
アイスレモンティーをひと口。友人は、
「前に、異世界転生してみたいって話したじゃん? それ、諦めようと思ってさ。もう、なろう系も卒業しようかなぁ」
と、言うのだ。
それがいいと答えるのは早計だろう。
「どうしたの、急に」
と、私は聞いてみた。
「チャンスがあったんだけどさぁ」
「なんの?」
「異世界転生」
「……?」
首を傾げる私に、彼女は話し出した。
夢の中にね、女神さまが来たの。
真っ黒な空間の中にいて、私がここ何処だろうって思ってたら、急に目の前に光が広がったのよ。
光の中に、白い布をひらひらさせたキレイな女神さまが居て、
――異世界に転生してみますか?
って、聞くからさ。私が、
『してみたいです』
って答えたら、ちょっと困った顔して言うのよ。
――ただ近頃、知っていたら異世界など来なかったと言う人が多い『ある問題』がひとつ。
『問題?』
――あなたに行ってもらう異世界のゴキブリは、スリッパサイズです。
『やめます!』
「……即答だったよ」
コーヒーを吹き出しそうになるのをなんとか我慢し、私は、
「それは断るしかないね」
と、答えた。
「恐竜みたいなモンスターを、一撃で倒せるような魔法があったりする世界ならさぁ。ゴキだって、とんでもないサイズなのかも知れないよねぇ」
肩を落とし、彼女は俯きながら溜め息をついた。
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