ヴァージンコンプレックス
ツバキ丸
ヴァージンコンプレックス 本文
「何で...。また、アイツだけなんだよ.....。」
何をやっても俺は追いつけない。弟のアイツに。
運動も、勉強も....。一番得意だった美術でさえ、アイツは軽々と俺を超えて行く。
「また...代表作品、取れなかった...。」
何で、何で何で何で。
あんなに、練習だってしたのに。
何で、アイツだけ......。
俺は泣いた。いや、”泣きたかった”。
自分を情けなく思うと同時に、悔しかった。
アイツは優しかったし、母さんたちに何を言われても俺を見下す事はしなかった。
.......俺はそんなアイツに、冷たく当たっていた。
頑張っても頑張っても、アイツに追いつけない。
そんな自分に嫌気がさしていた。
愛情、友情、人格、能力...........。
俺が欲しいものを何でも持っていたアイツが、俺は憎かった。本当に、大嫌いだ。
もう勉強も嫌だし、学校も嫌だ。
そんなのはもう辞めだ、辞め。
俺は次の日、学校をサボって近くの河川敷へ行った。
もう、何もしたくなかった。ただただ地面に寝転んで青空を眺める。
もう全部がどうでもよかった。温かい日の光に包まれながら、俺は瞼を閉じた。
制服のままこういう事をするのは初めてだった。
『......何故学校をサボった。』
一面真っ黒の、部屋のような空間。
俺は黒い靄のようなモノから問いかけられていた。
「別にいいだろ。誰にも迷惑かけてないし。」
勝手に口が動く。何故か少し心が苦しかった。
『良くねぇよ。お前は自分自身の”間違った”正義感に囚われているだけだ。』
「俺一人いなくなったところで何にも変わりゃしねえよ。」
そんな不貞腐れた台詞を言う俺に、目の前のナニカは言った。
『........そんなことを言っているから弟に負けるんじゃないのか?』
俺はカチンときた。俺の心を読まれている気がして。
「うるせぇ!!!お前に俺の気持ちがわかるかよ!!!早くどっか行け!!!」
そう俺が言うと同時に、黒い靄は笑みのようなものを浮かべてスーッと消えて行った。なんだか、よくわからない奴だった。
「あ、貴方何してるの........?」
誰かの声で、俺は目が覚める。
さっきまでまだ東にいた太陽は、もう西へ傾きかけていた。
声の主は同級生の女子だった。三つ編みに眼鏡で俺のクラスでいつも成績トップ3の、頭のいい奴。
「......なんだよ。せっかく寝てたのに。」
俺はちょっと不機嫌だった。現実に引き戻された気がしたからだ。
何かをやるたびに精神がすり減っていくような、こんな現実に。
「えっ、えっと........。皆、貴方のこと探してたよ......?」
持っていた本で口元を隠しながら、眼鏡女は言う。
なんか、中世ヨーロッパの貴族の女みたいだな。
自分の本心を隠して、狡猾に動き回る。
中世ヨーロッパの人間といえば、そんな感じのイメージだ。
でも、それは今を生きる人間たちもそうだ。
いつだって、人間の本質は変わらない。
「はぁ?探すわけねぇだろ。落ちこぼれの俺なんか。弟の方だったら探すだろうけどな。」
アイツは人気者だ。成績も良く、運動神経も良い。だからこそ、周りに好かれる。
そんなアイツなら、居なくなったとしても同級生たちは探すんだろう。
「...........貴方は、自分のことを卑下しすぎてると思う。」
眼鏡女は、ちょっと怒っているような、ムッとした顔をしていた。
「貴方の価値は、貴方自身が思っているより高いわよ。絶対に。」
そう、眼鏡女は言い放つ。そして、何かを言おうとする。
「だって、私―――」
『あ!アイツこんなところに居やがった!!』
そんな声が聞こえた方を振り返ると、同級生たちが走ってきていた。
「は......?何だよ........?」
「皆、兄さんを探してたんだよ!?授業にも来ないし!心配したんだよ!?」
後ろから弟のアイツが走ってくる。
額に汗が付いたままで、ひどく息切れをしていた。
「お前、何で........。」
『皆、兄さんを心配してたんだよ!!もう!!そんぐらい気づけ馬鹿!!』
同級生達は笑顔でそんなことを言った。嬉しかった。
自分が認められたみたいで、何だか涙が出てくる。
「........もう、言ったじゃない。貴方は落ちこぼれなんかじゃないって。」
泣いている俺に、心を透かしたような笑みで話してくる眼鏡女は、何処か怒っているような感じだった。
先生も到着し、沢山叱られた。でも、何だか晴れやかな気持ちだった。
自分を認められたような、暖かい気持ちでいっぱいだった。
歩いて学校に戻る途中、眼鏡女小さな声で俺に話しかける。
「明日、屋上に来てくれない?話したいことがあるから。」
逆光に弾かれた眼鏡女は、少し、いやとても綺麗だった。
ヴァージンコンプレックス ツバキ丸 @tubaki0603
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