うさぎとダイソン

明通 蛍雪

第1話:俺の部屋にやってきたあいつ

 俺はうさぎ。とある人間に買われこの家にやってきた。

 7畳の洋室一つを与えられている。フローリングの床は滑らない素材が貼られ、ケージの上にも登れるステップまである有意義な空間だ。

 俺の部屋には一匹の動かぬ犬と、背中が切れている像がいる。像の背中には俺の飯やにっくき毛繕いブラシが入っている。腹いせに像の牙は齧ってボロボロにしてやった。

 二食昼寝付きの恩があるため、たまに飼い主の膝に乗ってやるとバカみたいに緩んだ顔をする。

 そんな俺の部屋に、時折変なやつが入ってくる。飼い主とは別のやつ。というか別の生き物だ。

 そいつは黒くて長い胴体で、尻がやけに膨らんでいる。尻を飼い主に持たれた状態で部屋に入ってくるのだが、こいつは俺が部屋に散らかしたうんこの欠片を食べるのだ。それもものすごく騒ぎながら。嫌がっているのか喜んでいるのかは全くわからないが、週に一度のペースでそいつはうんこの欠片を食べにくる。

 そいつは飼い主から「ダイソン」と呼ばれていた

 ダイソンとの遭遇も二度目の時、俺は叫ぶダイソンに意を決して近づいてみた。何か話を聞ければ良いかと思ったが、ダイソンは叫ぶ以外のことをしなかった。言葉を発さず、叫びならがうんこを食べる。うんこを食べることにしか興味がなく、俺には見向きもしない。襲ってもこないし俺に興味がないようだ。

 ダイソンの叫びはとてもうるさく、別の部屋でも叫んでいる声が漏れ聞こえることがある。俺はこの部屋から出たことがない。だから、どうしても外の様子が気になった。

 だから、俺は部屋の外を探検することにした。

 俺の部屋には扉が一つ。飼い主が出入りをする際の脱走防止のためか、扉の周りは白い柵で覆われている。と言っても、飼い主の膝くらいの高さしかない柵のため、飛び越えることなんて造作もない。


 飼い主が家を空ける日。階段を降りていき外界へと繋がる扉を出ていった。直後、ブオンという何かの鳴き声がすると、飼い主の気配はすごい速さで遠ざかっていく。それを確認してから、俺は柵を飛び越え、ドアのぶに飛びかかり部屋を脱した。

 初めての部屋の外。冷たい空気が俺の毛を撫で付け、滑るフローリングが煩わしい。俺は暖かい空気が漏れ出ている部屋へ戻ろうかと一瞬考えたが、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。勇気を振り絞り足を進める。

 廊下を抜けると、2枚の引き戸が見えた。体重をかけて開けられるタイプの扉じゃない。わずかに焦りを抱くが、それも次の瞬間には杞憂に終わった。

 ズボラというか、さすが細かいところに目がいかない飼い主だ。引き戸は閉まりきっておらず、俺が通れる隙間が開いていた。

 そろりそろりと扉の先へ足を踏み入れる。そこは、俺の部屋の倍ほどの広さがある部屋だった。

 飼い主め、俺のことは狭い部屋に押し込めて自分はこんなに広い部屋を使っていたのか。と少し嫉妬したが今はそんなことを思っている場合じゃない。俺のうんこが好物の変なやつに会うために来たのだから。

 俺は部屋の中を散策した。この家には俺と飼い主以外に他の生き物はいない。俺が売られていた店にいた猫もいない。奴らは獰猛な爪を見せびらかしてくるから嫌いだ。

 部屋には飼い主が脱ぎ散らかした服が散乱している。少し齧ってうんこを落としていく。せめてもの嫌がらせだ。

 天井が高い。俺の部屋に置いてあるヒーターが壁にくっついている。見るもの全てが新鮮で、少しだけ胸がざわついた。

 探索して数分、俺はダイソンを見つけた。俺のうんこの匂いがわずかに残っている。部屋の隅、壁にもたれかかるようにして眠っていた。俺が近づいてもぴくりとも動かず、声を発することもない。まるで死んでいるかのような静けさに、俺は全身の毛が逆立った。

「おい」

 ダイソンからの返事はない。ならばと、ダイソンの口元にうんこを転がしてやる。好物ならば反応するはずだ。

 だが、ダイソンは全く動かない。軽く鼻先で突いてみるがそれでも反応はない。そこで俺は気づいた。こいつは既に動けない体なのではないかと。俺のうんこがこいつの体に効く薬で、飼い主はそれを頑張って食べさせているのではないか。だとしたらあの絶叫にも説明がつく。あれは、闘病の叫び。苦痛の叫びだったんだ。動けない体に鞭を打ちなんとか生きながらえようとしているのだ。

 俺はダイソンの生き様に惚れた。なんとしても生き延びてやるという気概に惚れた。

 男の間に同情なんて不要。俺はダイソンにこれ以上言葉をかけることなく部屋を後にした。

 それから俺は、部屋に撒き散らしたうんこはなるべく砕いて細かくするようになった。細かくなっていないうんこは飼い主が回収してしまうのだ。きっと大きいままだとダイソンが食べられないからだろう。

 それと、部屋から出られないよう柵の高さが倍になった。まあ、部屋の外に出ることはもうないだろうから気にしないが。

 あれからもダイソンは週に一度俺のうんこを食べにくる。うんこのおかげか、ダイソンは長生きだった。およそ五年も生き延びたのだから見事なものである。

 俺はいなくなったダイソンに冥福の意を表し、うんこを一つ窓際に置いた。ダイソンはあの空に旅立ったのだ。


 ダイソンがいなくなってから数日後。俺の部屋にルンバという名前の新入りがやってきた。こいつは俺のうんこだけでなく草まで食べていく。それにうるさいし、我が物顔で俺の部屋を徘徊するから嫌いだ。

 腹いせに一度どついてやったら、ルンバが動く時だけケージに閉じ込められるようになてしまった。

 新入りのくせに。飼い主のやつめ。許さん。


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うさぎとダイソン 明通 蛍雪 @azukimochi

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