滅びるまで愛の幻想を

竜乃 愛者

貴方に、貴女にもう一度。

「えー、あと三日後に地球に隕石が衝突して世界が滅亡します。

 それまでに皆さんはやりたいことを精一杯しましょう。」


 他の生徒がざわめき始めた。最後が近い事に恐れを抱くもの、それすらも楽しむもの、やり残したことがあるもの等思いを募らせてこの寒い中でどうにかしようと行動する者が続々と現れている。


 でも俺はいつも通りでいい。まあ学校が無くなったのだから休み中にできることだ。

 といっても強いて言うものないけど…


 家へ向かう途中、大きな公園の雪に覆われた遊具に目を向けた。

 懐かしいな。昔はここでよく遊んだものだ。


 家に帰っても仕事を最後まで優先するタイプだから暇つぶしに寄っていくか。

 ブランコの雪をはたいて乗った。

 ぐっと溜まっていた疲れが出たのか深く溜息をついてしまった。

 白い息に憂いてしまう。もう死ぬのかと思うと。


 空を見上げても道路を見てもそこら一面真っ白。

 犬と散歩中のお爺さんの駆け足の音も雪に埋もれてしまっていた。



「どうせ寒いしそろそろお暇するか。」


 しかしそんなただ何もつまらないと思う俺は普通の環境音なんて気にするはずないのに、無音と同じ態度をとるはずなのに一つの横で鳴る凍った滑り台と服の擦れる音に目を向けてしまった。


 いきなりだったから驚いたのもあるが、なにより静かな空間に静かすぎる存在感且つそこだけ空気感が違うと肌で感じた。


 滑り台の天辺には俺と同い年くらいの少女で何故か狐の耳と尻尾が生えていた。


 視線が合った途端彼女は俺の方に駆け寄ってきた。

 一体何なんだ?


「貴方、暇?」


「えっと…まあ。」


「なら、ちょっと子供の頃に戻ろうよ。」


 彼女の言葉の意味が理解できなかった。

 彼女の腕輪の鈴が鳴った瞬間、周りの時間が止まった。

 そして彼女を中心として空も地も春色へと彩られていった。


「これは…」


「さ、遊ぼう。」


 彼女は俺の手を引き暖かい花園の中を駆ける。

 目を見張る風景だった。

 もう訪れないと思っていた春の姿が見られるなんて。

 それだけじゃなかった。

 この公園にはなかったはずの風車や桜の木々が子供一人分くらいだったはずの丘から眺めることができる。



「何しよっか。」


「それじゃあ、ボート乗る?」



 池の畔に向かって桜の花びらとアヒルの泳ぐ水の上をゆっくりと漕いだ。

 彼女は漕いでいるときも漕がないときもその時々を、ひと時を楽しんでいた。


「ペース上げるぞぉ!」


「え?ちょいまあぁぁぁぁ!!」


 狭しなく怖かったが、同時に内側の俺はついはしゃいでしまった。



 その後も二人乗り自転車でサイクリングしたりスタンプラリーしたり灯台から景色を眺めたりと最近の俺の生活では最もハードだった。


 休憩でアイスを食べた。

 一旦落ち着いた状況になると実に不思議なことだ。

 あり得ないはずの場所と時間にあり得ないものが存在して気候や空気感も異なっていた。


「んふふ。」


 美味しそうに苺アイスを食べ尻尾を振りながら喜ぶその彼女の姿は愛らしく見惚れてしまった。

 しかし、何故だろう。まだ会って間もないのに彼女と居る時間が当たり前に思えてきて当たり前に楽しい。

 そしてどこかで会ったかのような気がする。


「ん?あげない…」


「盗み食いはしないよ。」


 まだまだ分からない事だらけだ。

 空を眺め考える俺の心を読み取ったように彼女は答えた。


「ここはね、君の思い出をもとに作った記憶の世界なんだよ。

 例え君が覚えてなくても確かにここに君は来た。」


「じゃあ、これは幻想なの?このアイスも。」


「間違えじゃない。ただ、君の体験した記憶を基に私が創り出した世界ってこと。」


「ふぅん。」


「そういえば自己紹介がまだだったね。私は愛華。」


「俺は悟。」


「知ってるよ。」


「えっ?」


「ううん。何でもない。

 さて、そろそろ戻ろっか。」


 彼女が指パッチンをした瞬間周囲が歪んで見えてだんだん眠くなってきた。

 ...目が覚めると俺は屋根の下のベンチで寝ていた。

 彼女はもう目を覚まして雪の中を歩いていた。

 そういえばまだ聞いてなかったな。

 懐かしさを感じる彼女はどこから来たのか。

 答えは彼女もわからない。

 迷子という事なのか?家出の。


「まあ、そろそろ昼時だし帰るわ。」


「おお。」


 愛華は今日どこで衣食住するのか気になるが、見たところ物は揃っていたし大丈夫だろう。

 一応後で公園に見に行ってみるか。




 ――――――――――――――――――






 家に着き鍵を開けようとしたがいつもの手ごたえがない。

 つまり誰かが来ている。まさか...


「よお、お帰り。」


 やっぱり、榊原姉さんだ。

 彼女はモデルと写真家の両方を仕事していて、趣味が旅行やバードウォッチングということもありなかなか会えないのだが大体変な時にはいる人だ。

 そしていつものお約束が...


「そぉら!彼女とか興味なさげか?

 早く思春期男子に目覚めよ。さもなくばおっぱいでお前の純粋人生終わらせてやるぞぉ。

 ちなみに今日はノーブラだ。」


「苦しい。てか、俺が変わらないのは知っているだろ?」


「つれないなぁ。」


 どうやらさっき帰ったばっかりらしい。全く、いつも当然なのだから困る。


 良い匂いが台所から漂ってきた。

 今は昼食中だそうだ。

 姉さんの手料理はなかなか美味いからな。久々に楽し...


「お邪魔してます。」


 何故か愛華がご飯食べていた。


 …それから彼女らとの会話は自然と続いた。


「でさぁ。二人は付き合ってるの?」


「違う。今日会ったばかりの友達。」


 来たらいつもそう。

 パートナー出来たかっていう話ばっか。

 姉さんはいつも一人な俺を心配してのことらしいが余計なお世話だ。

 一応風呂を沸かしてくれたという気遣いの心は本物らしいがな。


「一緒に入る?」


「除くな!去れ去れ!」


 本当にあの人は世間が見惚れるモデルなのか、デリカシーが無さ過ぎて不安になる。

 湯に浸かると外の寒さも独りの寒さも忘れられる。


 また浴場の扉が開く。


「だから勝手に入るなとっておわぁ?!」


 入ってきたのは裸の愛華の方であった。

 俺は恥ずかしくなってそっぽうを向いたが彼女は恥ずかしがる素振りすらせずに堂々と身体を洗い流す。

 にしても、あの尻尾と耳は本物らしいな。

 直接生えてるって感じだ...って何をジロジロと!?


 愛華は静かに足から浴槽に浸かった。

 真っ正面に俺が居るのに気にしないで。


「…触ってみる?」


 え?どこをってまさか…


「ね。本物でしょ。」


 耳でした。変な勘違いした俺がバカみたいじゃないか。


「…身体も触ってみる?」


「ちょ、流石にそれはマジで不味いって。」


「恥ずかしがることない。人の男として当たり前のこと。」




(青春ですなぁ。)




 ―――――――――――――――――






 なんだか今日は一段と感情を使ったから風呂上り後なのに疲れた。

 取り合えず彼女の服は榊原姉さんのと俺の服でちょうどいいのを貸した。

 友達少ないから何かしら問い詰められることはまずないだろう。


「ねえ、この写真。」


 気になったの引っ張って見ていいといったのだがまさかアルバムが引き出されるとは思わなかった。

 示したのは幼いころに行った巨大遊園地の家族写真だ。

 といっても俺と榊原姉さんとその家族とだけど。

 今考えると、姉さんのあの変態対応も昔からのものなのか。


 しかし愛華が最も注目したのは俺が抱き上げていた狐だった。

 そいつはたまたま近くの山から迷い込んだ野良だ。

 俺ばっかりについてきたから遊園地にいる間だけ一緒に居たんだっけか。


 他のページを開いて愛華が気にしていたのは俺の昔の友達だ。

 優しくて明るくて可愛い子だった。

 引っ越して事故に遭うまではよく遊んでくれた。


「…懐かしいね。」


「え?」


「ううん。でも悟は今もこの子が生きていればその子のこと好きだった?」


「まあ、俺の大切な人だからな。好きになってもっと明るく生きていたかもな。」


「そう。」


 なんだか彼女は嬉しそうだった。妙な言葉が度々聞こえた気がするが気のせいだろう。

 でもいざアルバムを見返してみるとあの子にどことなく似ている気がする。



 のんびり愛華と漫画を読んでいると姉さんがこの時期に訳の分からんことを言い出した。

 海を見に行こうと。なぜこんな寒い時期に時期に風邪ひく真似をするようなことをしなければならない。

 理由は明日には今日よりも気温が下がり海を前みたいに見れないかもしれない、今日が明日より前の海である。

 新鮮なうちに見ておきたいらしい。


「お姉さんの車。」


「カッコいいだろ。一目惚れさ。」


 俺らは姉さんの気の赴くままに付き合わされて乗車した。

 雪でガタつく道を揺れずにスムーズに進めるのはある意味この人の才能なのかもしれない。


 それから一時間後。

 海が見えてきた。


 海岸は雪に覆われてもはや砂浜なんて見えなかった。

 昔はもう少し明るく人の賑わう場所だったのに、寂しいものだ。


 車を降りると海岸側から流れてくる冷風が肌を撫でてとても泳ぎたいとは思わなかった。

 愛華の力があればその温かかった海も再現できるだろうが、俺のはあまり楽しいものではない。


「じゃあ、榊原さんの記憶から再現するね。」


「はい?それは一体...」



 姉さんと愛華を中心にして風景ががらんと変わる。

 さっきまで物寂しく、ただ雪の降る海がカモメが飛び水着姿で海を楽しむ人々が現れた。

 流石に姉さんも驚く。


「そんじゃ、着替えて海を堪能しますか。」


 水着になり、愛華の今まででこの上ない愛らしい姿に恥ずかしさを覚えた。

 姉さんは…姉さんだな。

 モデルだから美しいには美しいが見慣れた。


 そんなことはひとまず置いて、夏のバカンスを楽しんだ。


 慣れないサーフィンに乗った。

 実在しない人たちだとはいえ、進んで乗ろうとしている姿を見ればやりたくもなる。


 最初は波に乗ることもそれに近づくことさえできる気がしなかった。

 でも見様見真似で重心の動きを捉えて少しずつ。少しずつだけど前に進んでいた。


 次第に姉さんや愛華だけでなくその周囲の人々も応援してくれた。

 空気感に流されたとは雖も応援されると期待に応えたくなる。


「ここだっ!!」


 巨大な波と俺に続いたイルカと共に波に乗り、軽やかに水しぶきの中クリアすることができた。


 戻れば声援で満ち溢れて祭り上げられていた。

 嬉しかった。

 でもそれ以上に愛華の前で少しは格好いい姿を見せることができたことがもっと嬉しかった。



「格好良かったよ。」


 彼女のその一言で赤面してしまったものの自分が成長できていたことを実感できた。


 その後も楽しい時間は続いた。

 砂の彫刻を協力して造ったり、ビーチバレーで得点を忘れるくらい戦ったり、

 かき氷を分け合って海を満喫した。


「そういえばさ、愛華ちゃんのこの再現せかいって実際の物を体験しているの?」


「うん。人の記憶からその体験を本物にしている。」


「周囲の人からは見えないらしいから、変人扱いはないんだとよ。」


 そんなごく普通の平和で平凡でどこかちょっぴり変わった会話は世界が終わることなんて忘れさせてくれた。


「ひゃー、楽しかった。もう二度と叶わないかと思ったよ。」


 姉さんは満足らしい。


 近くの温泉宿に泊まり同じ部屋で三人で食事しながら今までを語り合った。

 温泉浴衣での二人の姿はいつもより色白に見えて自分がここまで初心であったことに疑いを持った。


 それ以前に愛華が異性の前で鈍感で視線を気にしないことに彼女の生活感を疑った。あまりにも無防備だ。

 カラオケやレンタルの映画を鑑賞していつもよりも遅くまで楽しんでいた。






 ――――――――――――――――――







 次の日、あと二日。

 思い出したのだが、夏の思い出にもう二つほど叶えてみたいものがある。

 彼女が力を使うのに辛くないのなら。


「いいよ。私、悟の思い出見てみたいもん。」


 姉さんに送ってもらった場所は今は休園中の巨大遊園地だ。


 門の前にはもう一目見ようと大勢のファンが集まり、その様子をカメラに収めている。

 俺と姉さんの記憶、そして遊んでみたいと願った皆の記憶から晴れた日の遊園地が開園した。


 寂しく思っていた園長も職員も驚きを隠せずにいた。思い残した人たちを巻き込み、賑やかな姿を取り戻している。


「きゃーー!!」


 乗りなれないジェットコースターに乗って今までにない大きな叫び声を上げて爽快感を覚えた。


「うお?!」


「ヤッホー!!」


 3Ⅾ映像の躍動感あるアトラクションに乗って自分がいた世界とは切り離された空間に居るような気がした。


「回せ回せ。」


「はい、ちーず。」


 気持ち悪くなるくらいコーヒーカップを回したり、物語でしか語り継がれなかった夢の大型兵器と写真を撮ったりと優雅で気持ちのいい時間を過ごせた。

 一人で居ることが多かったのでこういった機械はとても貴重なものだ。

 のんびりとした時間と早いながらも印象付けるアトラクションには驚きと落ち着きを覚える。


 心残りのあった園長も嬉し泣きで子供や大人らと夢の世界をはしゃいだ。


 一人の子供が迷子になっていた。

 愛華と共に積極的に探し、無事見つけることができた。

 その時の俺らの姿を見た姉さんや学生、園長はまるで夫婦みたいだった。お似合いだったとからかってきた。

 流石に愛華も赤面をしていた。



「昔、ここでよく迷子になったなぁ。」



 夕方

 ここに来た全員から感謝の言葉を受け取った。特に愛華が。

 なんだか褒められているつい嬉しく、感謝も込めて一言「お疲れさま。」

 と頭をなでなでしてあげた。


「えへへ、ありがとうはこっちなんだけど。」


「記念にここに居る皆で集合写真を撮ろうよ。」


 姉さんの提案に全員が賛同し、明るい笑顔で一枚の思い出を切り取った。






 ――――――――――――――――――






 夕時でこんな時間からあと何をするのかと問われたが愛華は気が付いたようだ。

 そう、夏祭りだ。

 公園で沈んだ表情を浮かべて居座る中高生や寂しくなったとつぶやく老夫婦が白い世界の中憂いていた。

 愛華は俺の“あの子”との記憶を頼りに公園の思い出を蘇らせた。


「これは…」


「懐かしい。」


 屋台が並び、提灯が飾られて公園広場の通りを神輿が踊り通っている。

 その光に釣られた若者や地域の方々が集まりさらに明るくなった。

 加えてここに居る大半が法被や浴衣といったお祭りに合った服装になった。

 愛華のおまけらしい。


「これ美味しいね。」


「あっち回ろうぜ。」


 射的や輪投げ、美味しいものなら綿菓子や林檎飴に焼きそば。

 太鼓や笛の音色に釣られて踊りだしてしまう雰囲気につい笑顔が絶えなかった。


 それに彼女同様、俺も懐かしくまた見ることのできた嬉しさにはしゃぐ老若男女の姿に嬉しく温かみを覚えた。


 大きな綿あめは二人で分け合った。

 間接キスをうっかりしてしまって熱い空気感になってしまったがいつしか気づかぬうちにそれは二人にとって当たり前のようなものになっていた。


 屋台のおじさんがお似合いカップルとさっきと似たようなからかい方をされた。

 でも悪い気はしなかった。



 姉さんは俺と愛華のツーショット写真を収めてくれた。

 そして俺は思った。彼女の横に居る時、懐かしさと共に胸の内が温かく

 なり彼女から目が離せなくなった。


 もちろん彼女が美人で色白で今の髪飾りに淡い赤い花と黄色い花の描かれた浴衣を着ているその姿がなんとも麗しく見惚れてしまうのもあった。


 でもそれじゃない。

 きっとこれは好きなんだ。

 たった二日、されど二日だからこそ彼女との思い出はより濃密なものとなった。


「それじゃ、ごゆっくり。」



 姉さんはどこかへ去った。

 気遣ってくれたのは嬉しいがいざその受ける立場になると照れくさいものだ。


 愛華は俺の手をひっぱり、他の人もあるスポットとして集まる川沿いに座った。


「おぉ。花火だ。」


 空高く打ちあがり輝く花火はこの最後の夏として俺らとここにいる皆の心に刻まれた。


 花火。もうどれくらい観ていないだろうか。

 姉さんと幼いころに眺めたが綺麗ではあったものの大きな音と周囲の人の密集さにただ怖さを感じていた。


 でも今は違う。暗く透き通った夜空に満開に咲く灯の華に心を打たれていた。


 それに隣に居てくれる愛華が花火と同じ…いやそれよりも輝かしく大事で愛おしい。

 その反面、距離を取られるのが怖いのもあって近くにある手を退けようとしてしまった。


 花火で盛り上がる中、愛華は俺の手にそっと手を置いた。

 俺は静かに顔を横に向けると彼女は涙を流していた。


「愛華...?」


「えっ?あ、ううん。ごめん。大丈夫。」


 何も聞かずにハンカチで涙を拭んであげた。

 尋ねたかったが聞けなかった。少しだけ怖かったんだ。

 彼女がいなくなってしまうかもしれないことに。


「悟はさ、やっぱりこの世界は続いてほしいと思う?」


「そうだなぁ。こんな楽しい毎日なら続いてほしいかな。」


 彼女は苦笑いをしながら俯いた。

 俺は彼女を慰めたいという気持ちと彼女を想う気持ちが混じりあって自分の口が勝手にしゃべり始めてしまった。


「でも、この楽しさをくれたのは愛華のお陰なんだ。

 俺がこうやって生きていられるのも愛華のお陰なんだから

 愛華がいないんじゃ多分楽しくない。

 俺は愛華が好きなんだ。」


「…!」


 自分でも思いがけない言葉に口を抑えて、焦った。

 きっと彼女は望んでいない。俺と結ばれることなんて…

 しかし、そう思ったのもつかの間だった。


「ありがとう。私も悟のこと好きだ。」



 彼女は俺の頬にそっと唇を当てた。

 ほんのり甘酸っぱい感情が彼女との間に芽生えて彼女と初唇ファーストキスを交わした。




 ―――――――――――――――――――






「「ただいま。」」


 風呂に入り着替えるだけの今日。


 長くてあっという間。楽しすぎて疲れたけれどもう少しだけ浸りたかった。

 窓を眺めると暗い雲の下明かりを灯す家が並んでいた。

 寒く切ない景色だけどこれも明日で終わりなのか。


「さて、寒いし寝る前に本でも読んでリラックスするか。」


 俺が本を読み漁ろうとすると愛華は背後から抱きしめてきた。


「さっき、私の事好きって言ってくれたよね。嬉しかったんだ。

 念願の好きな人からの“好き”を聞けて。」


 やっぱりそうだった。

 君はやっぱりあの時遊園地に迷い込んだ狐と昔俺と共にいた少女。


 俺は知っていたんだ。知っているのに気が付かない振りをしていたんだ。

 その子が俺と別れて一年後事故死してしまうなんて。

 その時一緒にその少女と事故で死んだ野狐も遊園地にいた子であったのだ。



「分かっていたんだね。」


「薄々は。」


 辛さのあまり忘れ去ってしまいたかったが、忘れきることができなかった。

 でもそのおかげで彼女と違う形で再会できた。

 愛華は最初から知っていたんだ。でもあえて言わなかった。

 俺に思い出してほしかった。俺の記憶を現実化する形で。


「最後に言ったこと覚えてる?」


「...また出会えたなら結婚してほしいって。」


「まだあの時の想い続いてる?

 もしそうなら、結婚式を挙げて君と繋がりたい。」


 俺は一瞬戸惑った。

 目の前に居るのはあの時好きになったあの子でありそうではない。

 でも今の彼女を好きなのは変わらないし前とは違う好きになった。


 愛華が冗談半分で終わらせようとする前に俺はベッドの上に寝そべった。

 俺は積極的じゃないから。


「ん。わかった。」


 貴方と貴女は一つに…





 ――――――――――――――――――





 目を覚ますと目の前には地球に降りかかる隕石とそれを見つめる愛華がいた。

 彼女は振り向くと悲しい笑みを浮かべて「さよなら。」と一言告げて落ちる隕石と共に光に包まれて消えていった。


「待って、待って!行かないで!」


 俺が手を伸ばしても彼女には届く気がしなかった。


 はっ!

 夢か…。汗凄いな。

 俺は恐る恐る横を振り向くとベッドに気持ちよさそうに寝る愛華がいた。

 気が落ち着いた俺は二度寝してしまった。


 …目が覚めると三十分が過ぎていた。

 おはようと愛華に言おうとしたが、その時にはもう愛華はいなかった。

 テーブルには置手紙があり

「私を好きになってくれてありがとう。

 愛してくれてありがとう。

 でもやっぱり、皆を助けなきゃ。

 私は運命を変えるための鍵なのだから…

 さようなら。

 あなたの記憶の中の思い出の人より。」

 そう書かれていた。


 俺は大慌てで支度を済ませて、台所で寝ぼけている榊原姉さんをほおっておいて家から駆けだした。


 昨日よりも雪が強くなっている。

 スノーボールアースと同じ、隕石がすぐそばに近づいている。


 急いで愛華を見つけなくちゃ…!

 それに聞き出さないと

 鍵の事、何も言わずに出て行ったこと、とにかくいっぱいある。


 俺が可能性のあるところに向かおうと全力疾走していると榊原姉さんが車を用意してくれた。


 まず、心当たりのある愛華といったところを片っ端から探した。

 しかし、全ての場所に彼女が来た痕跡はなくその近辺住民に聞いたところ彼女を見かけていないのが事実だった。


「いないね。愛華ちゃん。」


「いや、ここまでは予想の範疇だ。

 あくまでも一応で俺の予想が当たっていれば昔のあの子と廻った場所にいる可能性が高い。」



 最初の一軒はあの遊園地のすぐ近くにある大型ショッピングモール。

 映画を一緒に観たりゲーセンを回ったり書店で本を買ったりした。


 目的地の駐車場に行くと渋滞と野次馬で込み合っていた。

 警察官が立ち入り禁止にして通れない。


「先に行ってこい。」


 姉さんの車を降りて警察官の目を盗んで潜り込むことに成功した。

 中に入ると混沌が起きていた。


 魑魅魍魎の異空間が発生しており、その手前で自衛隊員が倒れこんでいた。

 鍛えた人たちがこうもあっさりとやられた異空間は恐ろしく感じるが今更戸惑ったってしょうがない。


 入ると中ではこのショッピングモールの記憶と中で倒れている子供やペットの記憶だろうか。

 迷路のように入り組んだアスレチックや至る所に無造作に木の壁やガラスの壁が建てられている。

 そんな空間でも遊んでいる具現化された世界の子供が遊んでいる。


 辺りを見回すと上の透けた筒状の滑り台であの子と昔の俺らしき子供が手をつないで駆けているのが見えた。


 見覚えのある子供二人を必死に追いかける。


「待って!」


 フードコート側の死角に入るとそこには狐の獣人の子供達がエッシャー階段のような場所で遊んでいた。

 記憶が入り組んでいる。愛華自身が騙して創り上げたのかは知らない。

 でも手掛かりは探さないと。


 狐子供を避けながら階段の先の扉を開く。

 そこには俺とあの子が二人だけで映画を鑑賞していた姿があった。

 そうだ。あの時から俺らは寄り添っていたんだ。


 瞬きをするとその二人は高校生ほどの大きさに成長してロマンティック映画を観ていた。

 そして口付けシーンに合わせて同じ動きをとろうとする。

 目を疑ったがこれは俺自身が望んでそうなっていたかもしれない世界線なんだ。


 俺はその先に見えた彼女の姿を追いかけてスクリーンを破いた。

 そこは静かな立体駐車場。

 車一台なく俺の足音だけが響く。


「あははっ。」


 後ろを振り向くと一面が変わっていた。

 そうだ。ここは俺とあの子がかつて遊んだ巨大滑り台。美術的ブリリアントなデザインとバックルームを掛け合わせた誰もが楽しめる遊び場。


 外側に飛び出た下の階に続く筒状の滑り台で二人並んでよく滑った。

 早く追いかけないと…!


 追いついたと思っても気が付けば別の場所にいる。

 まさに今の状況と一緒だ。



「あともう少し…!」


 二人の子供に触れた瞬間辺りは白の世界となり、一つの結晶が手にあった。

 淡く青い光を放ち、収束して一点の扉を指した。


 その扉を開け、気がつけば外の非常口に出ていた。


「悟ぅー!!」


「姉さん。」


 俺は車の中で今あったことを話し、もう一つの心当たりの場所 結婚式会場:教会に向かった。



 ――――――――――――――――――






 灰色の雲の下、あまり目立たないはずの暗い大きな教会の一番上の窓が虹色に輝いていた。

 持っている結晶もここを示している。


「「せーのっ。」」


 開くと目の前には俺の親戚が結婚式を挙げていて、すぐ横で過去の俺らが「綺麗だね。」と語り合っていた。

 もう叶わないと思っていた約束をここでしていたんだな。


 目を前に向けるとウエディングドレスを着た多分大人のあの子とその隣に俺らしき人物がいた。


 もしかしたら愛華は望んでいたのかもしれない。

 この未来を。


「そうかもしれないね。」


「…?!」


 横に現れたのはあの野狐だった。


「あの子は車に引かれそうな私を子供ながらも勇敢に走り、助けようとした。

 でも私のせいで共に死んでしまった。

 泣きながら笑っていたよ。助かってよかったって。」


 実にあの子らしい。


「私は死ぬ前にあの子に触れたんだ。

 その時見えた、あの子の記憶。

 好きな男の子と親の都合上別れ、悲しんでいた。

 でも同時にまた会えると信じていたんだ。もし会えたならいっぱいデートして楽しい思い出作って、結婚して子供を儲けて共に泣いて笑って怒って助け合って子供の成長を見守って生涯ずっと死ぬまで一緒に暮らしたい、そういう妄想ビジョンがあったんだ。」


 野狐の記憶が、彼女の記憶が流れ込んでくる。


「私は生かしたい一心で願った。

 そうしたら僕の寿命を彼女の足りない寿命に与えたんだ。」


「そして愛華になって帰ってきた…と。」


「恨んでくれて構わない。だって僕の…」


 俺は野狐が自傷しきる前に優しく抱きしめた。

 恨むもんか。こうやって二人とまた出会えたんだから。

 野狐は大きな涙を流して泣き出してしまった。


「ありがとう。」


 野狐は俺の手に結晶を渡して俺の背中を押して消えていった。

「彼女のところに行ってあげて。」と。





 ――――――――――――――――――





 目が覚めると姉さんが抱きかかえて揺さぶっていた。


「よかったぁ、心配したんだぞ。いきなり倒れるから。」


「愛華の場所が分かった。」


「ったく、無理すんなよ。

 でも送ってやるよ。好きな子助けてこい!」


 どうやらあの具現化世界は姉さんにも見えていたらしい。

 俺とは違う形で。

 それを踏まえてでもついてきてくれるなんて、なんとも頼もしい姉さんだ。



 二つの結晶が示した方向にはトンネルを通って着ける「海の岬」というあの日別れた場所だった。

 前にドライブに連れて行ってもらったときは土砂崩れで通れずにいたけど

 今は通れる。


 トンネルに入ると道がうねりだした。

 僕を拒んでいるのか?独りで抱え込むために。


「しっかり摑まってろ。」


 どんなに大きく変形しても姉さんは対応していた。

 やっぱり運転技術に関しては右に出るものはいなそうだ。


 トンネルを抜けるとその先には夕焼け色に染まったあるはずのない扉があった。


「あの先に…!」


「行ってこいよ。お前しか行けないんだろ?

 その代わりちゃんと帰って来いよ。」


「…ありがとう。」


 扉の先には晴れた青空が拡がる水面に反射する幻想的世界。

 その真ん中に愛華がいた。


「愛華ぁ!」


「…さようならって言ったのにやっぱり来ちゃうんだね。

 想像以内で想像以上だよ。」


 俺が近づこうとすると見えない壁に衝突して跳ね返された。

 なんで。なんでだよ!

 俺は聞きたいことすべて問い攻めた。


「私は罪を犯したんだ。

 あの時とっさの判断で走って、何もできない自分が何もできずに死んだ。

 それが悔しくて、なによりももう君と会えないことが一番後ろ髪を引かれたんだ。

 少し違う形で生き返れた代償として数年以内に地球に隕石が落ちる。

 それを止めるには私が鍵となってこの運命を書き換えるしかないんだよ。」



「受け入れられないよ!なんで愛華が裁かれなくちゃいけないの?

 君のすることじゃないんだよ。」


 彼女は唇を噛みしめて辛そうに壁に向かって平手で叩いた。

 そして涙を溢していた。

 彼女だってそれを望んではいない。

 本当はもっと過ごしたい。でも自分のために世界を終わらせたくはない。


 本当に仕方がないのか。でもそれが運命なら俺は…!


「さようなら。愛してくれてありがとうね。」


 彼女は泣きながらその場を離れ、向こうに見える隕石へと歩き出した。


 諦めたくない。

 俺は自分の想いを拳に乗せて一心不乱に壁に殴り掛かった。

 壁は大きく壊れてその先へと進む。


 俺は彼女に思いのまま強く抱きしめた。


「なにやってるの?

 離して、離してよ!もっと…辛くなるだけだよ…。」


 そのままその場に座り込んだ。


「もしこの運命が変わらないのなら、俺は君と共に死ぬ。」


「そんなの駄目だ。せっかくの命を無駄にしちゃいけない。

 私の分まで生きて。」


「俺は君にはなれない。愛華は愛華以外の何者でもない。

 だから好きなんだ。だから君を選ぶんだ。

 愛華のいない世界は俺のいない世界と同じ。

 今の君と同じ立場なら俺もそうする。」


 俺らは涙を堪えながらも互いの想いを語った。


「いいのか?それが君の望む未来なのか?」


「どっちにしろ居て楽しい相手がいないんじゃ死ぬ以外の選択肢は俺には無いからね。」


「…馬鹿野郎。でもそんな君が私は好きだよ。」


「俺もだよ。」


 俺と愛華は最初で最後かもしれない口づけをして

 落ちるかもしれなかった隕石と共に光の中へ消えていった。




 ____________________________________





「全く、君らは二人揃って本当に馬鹿だよ。」


 榊原さんは泣きながら呟いていた。





「ニュースです。地球に衝突するかと思われていた巨大隕石は何らかの要因で軌道を変え、無事人類は助かることができました。

 そのことに関して、大学教授は…」



 隕石は軌道を変えて地球は助かり、日常の歯車が動き出していた。


 子供達は公園で駆け回り、会社員は仕事をし、学生は勉学に励んでいた。

 そんな当たり前が取り戻されていた。



「おーい悟。こっちこっち!」


「今向かう。」


 二人の男女高校生は新入生として学校に向かっていた。


「あっ、見て。親子狐だ。」


「愛華は動物好きだもんな。

 帰りに一緒に動物園行くか?」


「…うん、行く。デートとしてね。」


 手を繋いで学校に向かって歩いていた。

 その二人はであるかもしれないし、そうでないかもしれない。


 でもこれだけは言える。

 あの二人はこの世のどこかで生き続けている。







 ~~~END~~

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