第2話 拍手(かしわで)
僕の村は山に囲まれた寒村だ。
北の山には古い神社があり、子供だけで行ってはいけないときつく言われていた。
ある日僕たちは村の掟を破った。
ほんの遊びだったんだ。
悪ガキのカンちゃんと、泣き虫だけど強がりなみっちゃんと、学校で一番成績が良い僕の三人で。
夜中、家族が寝静まってからこっそり抜け出して、北の山の入口で待ち合わせた。
小さな懐中電灯の弱々しい明かりを頼りに、おっかなびっくり山道を歩く。
ちょっとした物音にもびくつき、カンちゃんも僕もいつしか小走りになって、ひとつ年下のみっちゃんを置いていきそうになり、半泣きで怒るみっちゃんを宥めたりしながら。
なんとかたどり着いた神社は、夏だというのにひんやりと冷えていた。
手水舎にぼろぼろの木の看板が立てかけてあった。
『子〇ダケデ〇〇スベカラズ』
『〇ニ男〇ハ〇手ヲ打ツベカラズ』
漢字はかすれていてよく読み取れなかった。
三人で賽銭箱の前に立つ。
「せっかくだからお参りしてこうぜ」
「手を打ったらだめって書いてたよ」
「ふーん、怖いんだ!あたし平気だもんね!ほらほら!」
みっちゃんがパンパンパンと勢いよく手を叩く。
「わ、わかったからもう少し真面目にやろう」
焦る僕に対してカンちゃんはゲラゲラ笑っていた。
せーので息を合わせ、パン、パンと二回手を打った。
特に何も起きない。
気が抜けて顔を見合わせ、クスクス笑いながら村へと戻った。
翌朝。
なんだか家の中が慌ただしい。
母さんが身支度をしている。
みっちゃんが熱を出したからお見舞いに行くと。
皮膚の表面がチリッと痛んだ。
昨日のことが脳裏によぎる。
朝食を食べ、僕もお見舞いに行った。
カンちゃんも来ていた。
村には病院もなく、年に数回薬売りが来る程度だ。
誰かが病気になったらみんなで看病するのが当たり前だった。
みっちゃんは布団に寝かされていた。
目のあたりまで濡らした布が乗せられていて表情は見えない。
ただ喉が腫れあがり、ヒューヒューと苦しそうに息をしていた。
カンちゃんと二人でみっちゃんの家を出る。
「…あれさ、やっぱり神社の呪いなのかな」
カンちゃんがぽつりと呟いた直後、二人とも首根っこを掴まれて後ろに引き倒された。
みっちゃんちの隣の家のおじいちゃんだった。
「お前ら、行ったんか!あの神社に行ったんか!!」
すごい剣幕で怒鳴りつけられた。
それからカンちゃんも僕も家に帰された。
じいちゃんに拳骨で殴られ、父さんに頬を張られ、ばあちゃんに塩をかけられた。
母さんはずっと泣いていた。
僕らはカミサマを怒らせてしまったらしい。
そんなの迷信だ。
みっちゃんは風邪をひきやすいだけだし、きっとすぐ良くなるんだ。
それから一週間後、みっちゃんが死んだ。
僕は部屋から出るなと言われたが、家の外でみっちゃんのお母さんが泣きながら何かを叫んでいるのが聞こえた。
出歩けるようになっても、村の人達の僕を見る視線は冷たかった。
仲が良かった友達も目を合わせてすらくれない。
カンちゃんも同じで、久しぶりに会った彼は疲れた顔で笑った。
呪いや祟りなんて嘘っぱちだ。
みっちゃんは風邪をこじらせただけだ。
みんな古い考えにとらわれすぎなんだ。
こんな村、大人になったら出てってやろう。
都会に行って楽しく遊び暮らそう。
二人でそんなことを話した。
ほとんどカンちゃんがまくし立てて、僕はうんうん頷くばかりだったけど、久しぶりに笑った。
その三日後、カンちゃんは木から落ちて死んだ。
村の人達が僕を見る目は、もう人間を見るものじゃなかった。
外を歩けば暴言を吐かれ、石を投げられる。
かといって村の外にも出してもらえない。
僕の家族も村八分にあい、家の中はどんどん重い空気になっていった。
それから何年経っただろう。
母さんが首を吊った。
じいちゃんとばあちゃんはやせ衰えて死んだ。
父さんは一日中酒を飲んでぶつぶつとわけのわからないことを呟くばかり。
僕は早起きして顔を洗った。
今日は忙しくなりそうだ。
念入りに身支度を整える。
猟銃を二丁。
山刀を一本。
爆薬を胴に巻く。
父さんはもう起きてこない。
呪いや祟りなんてない。
みっちゃんは風邪をこじらせただけ。
カンちゃんは木登りをしていて足を滑らせただけ。
そして僕は。
くだらない因習にとらわれた村の人達のせいで、ちょっと壊れただけ。
それだけなんだ。
家を出る直前。
鏡の中で涙を流す僕に、満面の笑みを向けた。
【完】
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