42 -操り人形

 新月丸とウデーは、荷から流れ出る血の跡を点々と垂らしながら城へ向かい続け、ついに到着した。


 小高い丘を登り終えると、そこは空がオレンジ色に広く広がり、朝焼けがとても映える場所だ。

 豪華に整えられた広い広い通路を真っ直ぐに進めばもう、城は目の前である。


 ここに来て何者かの視線と激しい敵意を感じた。

 一貧民街の広場にあった門、それ以降二度目の敵意だ。

 それは前方から刺さるように向けられている。敵国本拠地の城の真ん前なのだから寧ろ、何も起きない方がどうかしているというものだろう。


 敵意を放つ存在は、城を背にゆっくりとこちらへ歩み寄ってきている。


 遠くがよく見えるウデーは、その者の姿をハッキリと捉えた。


「前に居るものは、ここに捕らえているケプシャルとよく似た顔立ちをしております」


(クローンか双子か?)


 彼方あちら側———そう、現世でもクローン技術は進んできている。但し、現世では倫理だの神の領域だのという変な価値観に基づいたであろう基準で物事を捉え、人間のクローン作成を禁止している。

 しかし「絶対に作っていない」かどうかを調べる術はないのが実情だろう。


 でも、此方こちら側———あの世とか神の世界とか言われているこの世界では、一部の権力者がクローンを作り手駒として利用するのは既に行われている。優れた者が居る場合、誰かと番わせ子を作らせるより、優れた者そのものを複製し駒としたほうが効率的だからだ。


 ケプシャルと似た気配と共に、何か得体のしれないモノに包まれ気持ち悪い雰囲気を漂わす。

 敵対者が新月丸の目でもハッキリ見えるくらいに近くなり、気付いたことがある。手には何か武器と思われるものを持っているが、それは柄の部分が手と溶接されたかのように、くっついているのであって、持っているのではない。


 目は白目部分が血のように赤い上に、血の涙を流している。

 明らかに普通の状態では無い。表情も目がうつろで口だけが半笑いで固まっていた。


「これはこれは……俺を出迎えてくれんのか?」


 新月丸は敢えてソレに近寄り、言葉をかけてみる。


 ケプシャルに似た男は無言でウデーに向かっていく。


 それも、物凄いすごいスピードで———


「ウデー、気をつけろ!」


 ウデーは荷を背に固定したまま、近くにあった大きな木の上に飛び乗る。


 武器を溶接されていないほうの手で、ウデーを……いや、荷を掴もうとしたように見えた。新月丸の存在は、まるで見えていないかのように無視し、なおもウデーを見て跳躍、木の上のウデーに向かっていく。


 見た目にそぐわず、ウデーの動きは素早いが今は荷を背負っている。荷は背にある毛を棘に変じさせ、剣山の如く刺して固定しているので激しく動けば棘の刺さりも激しく、流れ出る血液量が増す。


 血はウデーの足元に垂れ、滑りやすくし動きを鈍らせた。


「ウデー、そいつは荷に用事があるようだ。それを捨ててそいつから離れろ!」


 再び跳躍し、ウデーは上方から追跡者に向けて荷を投げ捨てた。


 投げ捨てられたものを片手で受け止め、乱暴に袋を裂く。

 それから中身を丁寧に検分するふうを見せ、顔を確認してうっとりしている。


「エ……エプシャ……ル……助けに来て……」


 ケプシャルは心底、安堵した表情を見せた。

 味方が来てくれた、助けに来てくれた、と思うのは当然だろう。


 しかしケプシャルを確認した者———エプシャルと呼ばれたその者は懐から出した長い針のような棒で、ケプシャルの目の付近を刺そうとする。それが何であるか、ケプシャルは知っているようだ。首を左右に激しく振り、抵抗を試みる。


「エプシャル!それだけは止めてくれ!主よ!私を回復させてください!まだまだ戦えます!次は負けません!」


 最後の力を振り絞って言ったのか、今までの弱々しい言葉とは違い強く懇願する声は大きくはっきりと響き渡る。


 でも、その言葉は聞き入れられない。

 開いているほうの目の……眼球ではなく瞼上から頭頂部に向かって奥深く刺し入れられ、棒は無感情にグリグリと回された。それっきり、ケプシャルは静かになり、うつろな目でボーッと空を見ている。


 その後、機械っぽい何かがケプシャルの後頭部に差し込まれると、最後の悲鳴のような声が甲高く発せられた。


 目的を果たしたであろうその者は、やっと新月丸に目をやった。


「お前、エプシャルっていうのか。ケプシャルと双子か?それともクローン?そっくりだもんなぁ」


 音が聞こえないのかもしれない。それとも言葉に反応するという知性が封じられている可能性もあるエプシャルは、やはり返答をせず新月丸に武器を振り上げ向かってきた。


「他人の空似ってわけじゃないよな?」


 振り下ろされた武器は新月丸の髪をかすめ、切られた黒い毛がハラリと舞い落ちる。


「会話は成り立たない、ってわけか」


「新月様、ケプシャルが!」


 新月丸が目をやると、そこには手足が無いまま背に翼が生えた異様な姿のケプシャルが居た。目は白目が真紅に染まり、やはり血の涙を流している。


 エプシャルと同じ目だ。


 空中に浮かび、残された片方の目だけがギロギロと光を放つ。そして、ケプシャルは新月丸にもウデーにも興味を示さず、街の方向へ飛び去った。それを見た新月丸は、ケプシャルの———いや、ケプシャルの主の考えを悟った。


「ウデー、今すぐケケイシの所へ行ってくれ!」

「解りました、新月様もお気をつけて」


 そう言い残し、ウデーは地面に闇を作りそこへ溶け込む。

 影に潜り、ケケイシの所へ向かった方が早いからだ。


「さて、俺とお前。2人きりになったな……」


 新月丸に攻撃をかわされたエプシャルはその場に佇み、新月丸を見つめる。


 目からは血液……おそらく涙と血液とが混じったものが流れ続けたままだ。

 それでも口元はどこか微笑んでいて、最初に見た時から表情は変わっていない。


万物砂塵サヴァニツニ・サンド


 不意打ちで魔法を当ててみる。

 …が、何かにはじかれたのか、当たった音だけはするが何も起きない。


(これくらいの魔素を込めた程度では通らない、魔法防壁がかかっているか……)


 手に融合されている武器は棘のある棍棒のような形状をしている。それなのに、擦り髪の毛を切ったのだから、見た目に反し性能としては斬撃を持っているのかもしれない。


「近頃では見かけない釘バットに少し似てるのに、斬撃持ちか。変わってんな」


 そう、言葉にしても無反応なまま。


 けれども急に動きだし、釘バット状の武器を振り回しながら、魔法の詠唱っぽい何かをブツブツと小声で言い始めた。


(もう少し適当に戦い様子を見る事にするか……)


「お前、どうせどっかで見てるんだろ?それとも、このまま部下の暴走に見せかけて俺達を消そうってか?」


 その時、表情が変わらないエプシャルの目元が、少しだけ歪む。


「側近2名を傀儡として操り高みの見物か、良い身分だな」


 更に目元が歪み、血混じりの涙が激しく流れ出した。

 もしかしたら、顔を動かすと痛みがあるのかもしれない。


 こうしている間にもブツブツと何かを言っている。それがだんだんと大きくなってきた。魔法の発動効果を増幅させる為の詠唱なのだろう。


「何を仕掛けてくるつもりだ?」


 その瞬間、新月丸の目の前に移動したエプシャル。


 小声ではなく、大声でハッキリと通る声で詠唱の終章を口に出す。


「この地と神のご加護、永遠なる私の忠義と命を差し出す意志を汲み取り導き、燃やし尽くせ!!!」


 ケプシャルの得意魔法に発動効果増幅の詠唱を加え、新月丸の目の前で解き放った———


陽炎天柱ブレイズヘヴン!」

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