41 -現世でのリック宅

 夜になって朝になる。

 それは、世の中にとって当たり前の日常。


 でも、私にとって蒼君の居ない夜も朝も、日常ではなかった。


 きっと何かがあったんだ。

 いや、過去形ではなく現在進行中だと思う。


 それは解る。

 でも、私は何も出来ない。

 今はただ、待つことだけが出来る。


 新月君——蒼君は本来、私が生きてるこの世界に居るべき存在ではない。

 私が現世で生きていて、肉体に縛られているから、あっちの世界から頻繁に来て仕事を手伝ってくれているし、夜は一緒に眠っている。


 この世界で私は独身だけど、あっち側では既婚者。

 蒼君は夫——


 とても優しく頼り甲斐があり、見た目は……かっこ良くもあるけど、どこか可愛い。

 本人は可愛いと言われるのを喜ばないけど、心に嘘はつけない。


 毎晩、うちに来てくれて一緒に横になり少しゲームをして、一緒に眠る。


 それが出来ない日はなかった。

 「今夜はこちらに戻れないかもしれない」と連絡はあったけど、それきり連絡はない。


 今は、異性関係の心配はしないけど「もしかしたら、あっち側で美人で可愛いひとと知り合って……」なんて気掛かりになることも前にはあったものだ。


 とにかく——


 新月君は強いからトラブルがあったとしても大丈夫だろうけど、何が起きたのかは気になってしまう。

 

 気になって気になってしかたないのに。


 グゥ〜キュルルルルル……


 不安があっても大丈夫だろうと思えても、生きている肉体というのはお腹が空いてしまうもの。


(仕方ない、何か食事を作ろうかな)


 自室から出て台所へ向かうと、台所の精である銀次さん(通称:銀さん)が声をかけてきた。


あねさん、食事ですかい?」


 銀さんは、この家に引っ越してきた時から居る。部屋に住み着き家を守護する精で、銀さんは台所近辺を守護してくれていた。


 台所近辺は玄関も兼ねているので、銀さんがこの部屋の精というのは合っている気がする。


 この家には各部屋に精がいるけれど、銀さんだけは特殊な存在だ。

 何せ40年前後前までは人間、それもヤクザとして生きていた人。

 他の部屋の精は皆、元人間ではないけど銀さんだけは元人間なので、精ではなく幽霊に近いのかもしれない。


 引っ越してきた時、銀さんはドロドロに溶けた人間の姿だった。ホラータッチなスライムに、人間の臓器や各種パーツが中途半端に溶けたものを無造作に絡まらせ、ウネウネと動く。そんな外見をしていた。


 話を聞くと「大きなミスをしたのか押し付けられたのか、ウロ覚えですがアニキ達からボコられ殺され、その後溶かされた」のだと言う。


 地面にウネウネいたり、台所のシンクにタプタプと入っていたりと、幽霊や物怪に慣れた私も最初は見た目で「うわ!」と思ったものだ。


 ルッキズムは良くないと綺麗事では言うけど、溶けた人がウネウネと床を這い回る図を前にすると、そんな意見はあっという間に頭から消し飛ぶ。


 それくらい、見た目というのは大事なものだし、視覚効果は絶大だ。


 でも、何度も会話をしているうちに少しずつ、人型を維持できるようになり、今は生前の頃の姿であろう30代半ばの長身細身、やや猫背の影あるイケメン(と私は思う)で台所に居る。


 私は「あねさん」、蒼君は「アニキ」と呼ばれ慕ってくれているので、こういう時の話し相手にはよかった。


「そうすか……アニキのことだから大丈夫っすよ」

「大丈夫とは思うけど寂しいし気にはなってね」

「そりゃアッシも気になりやす」

「強いから身に何か起きるとは思わないけど……」

「それなら今はアニキを信じてドン!と待つのもあねさんの役割でしょう」

「そうだよねぇ……」


 銀さんと会話をしながら冷蔵庫を見て夕飯を考える私。


 安売りしていた豚ひき肉と豆腐がある。ニンニクと生姜もすりおろした状態で冷凍保存済み。味噌はもちろん、豆板醤も常備しているし片栗粉もある。


 これは麻婆豆腐を作るしかないラインナップ。


 塩をやや濃いめに入れた熱湯で豆腐を煮ている間に豚ひき肉を強火で炒める。脂が溶け出てくるので、それが透明になったら火を緩め味噌と豆板醤、ニンニクと生姜を投入。全体に馴染む程度にゆるく混ぜ、その後、煮ていた豆腐を湯切りし入れ豆腐がなるべく崩れないように混ぜる。そこまでしたら、火を止め熱々の出汁を入れ、そこに水溶き片栗粉を混ぜていく。全体的に混ざったら再度、火を入れ再沸騰する頃にはとろみがついて美味しい麻婆豆腐の出来上がり!


 そのまま食べてもいいし、白米にかけて麻婆丼にしても美味。銀さんと話しながら作っていれば、時間の経過も早く感じ、あっという間に出来上がり。


 こうしていると、少し気が紛れるしお腹も膨れるからいいものだ。


「銀さんも食べる?」

「じゃ、お言葉に甘えて、お供えしてもらったていでいただきます」


「うん、今回も美味しくできた」

「あっしも生きているうちに食べてみたかったものです」


 そんな死者トークをしながら思い出したことがある。


 スーパーに行った時、長々と列になっていたレジ待ちで横入りしてきた子連れがいた。子供に魂は無かったけど母親にはあったから、魂を切り転生を断ち切ってやったっけ。


 近年生まれた子には最初から、死後に彼方あちらで生きる本体たる魂を持たないのが多いと蒼君から聞いていたけど、それは本当。

 新たな魂が作られないよう、彼方あちら側から制御されている。でも母親は、近年の生まれではないから、転生するのに必要な魂があった。


 「すみません、私が並んでいるんですけど」と声をかけたのに最初は無視。

 もう1回言ったら「子供がいるんで!」と何故かキレられる。

(子供がいると、横入りしていい理由になるの?)


 ここで店員が注意をしてもいいはずだけど、店員も忙しくて気付かないのだと思う。それは仕方ない。


 モラルに欠けた人なんて、転生の価値無し。

 ここで消滅してくださいねってことで、魂を切ってやった。

 この世から旅立つ時、転生の輪が切られた事に気付くし、私は何故そうなったのかを、切られて転生不可になった魂に記録しておく。


 死後、事実を知り後悔しても反省しても、もう遅い。

 私が声をかけた時、ちゃんと謝って並びなおせばよかったのにね。


 それを銀さんに話す。


「世の中はアッシが生きていた頃より、違う意味で荒んでいるのかもしれやせんね」


 そんなことを言っているけれど、銀さんの生涯も大概なので「アッシの頃も今とは違う意味で荒んでいたと思うんだけど……」というのは口に出さず心に留めおく。もっといいご家庭に生まれられていれば、リンチで死亡の後、溶かされる運命にならなかったと、私には確信めいたものがある。


 ——お腹もいっぱいになったし、今日は出かける用事がない。


 私は食器を洗ってから自室に戻った。


 のんびりして眠くなったらウトウトしてもいいし、眠くならなかったらトイレ掃除でもしようかな。水回りは綺麗にしておかないと、汚くなってから洗うのは気持ち悪い。だからこまめな掃除は大事。


 眠るか動いているかしないと、何が起きているのか気になってしまうからね。

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