32 -ケプシャルという男
神都ハーゥルヘウアィ・ララを出て月光国を目指すケプシャルは、その途中に目的のものを見つけた。
月光国の王とその一味である。
(神でも王でもない私が歩かず移動できるのに、一国の王が砂漠を徒歩!なんて滑稽な!)
日の沈んだ砂漠をお気楽にのこのこ歩いていやがる、とバカにした笑みを浮かべてしまう。他者を見下すのに慣れたケプシャルにとって、それはごく自然の感情だ。
歩くのは別に、おかしなことではない。国交がない他国へ向かう時、招待がないのなら徒歩や何かの乗り物等での移動は当たり前だからである。瞬間移動を何処から誰でも利用できたら各国、治安や規律が乱される上に侵略が容易になってしまうからだ。
でも、瞬間移動とまでは言えないものの特殊な方法を使えば、かなりの速さで移動可能ではある。その方法はいくつかあるのだが、それでも皆が簡単に利用できるものではない。
しかし、ケプシャルは神都ハーゥルヘウアィ・ララにおいて王に次ぐ地位を持つ。
主である神には及ばずとも多くの特権を有し自由に使える身分である。
そんなケプシャルは今、月光国へ一刻も早く着きたい。数多く持っている手駒も、特権者ならではの道具も、今こそつかうべき時だ。
同時にハーゥルヘウアィ・ララに向かってきている生意気な
最大の嫌がらせは己の手が届かない間に国内を破壊し、国民と部下の
—今から半年ほど前。
砂漠に少しだけ点在している緑地帯に、親とはぐれたコカトリスの雛を見つけた。
上手いこと餌付けをし懐かせた。
懐けば大人しくなるので簡単に実験ができる。
懐いたケモノに反抗的な目をした奴隷2匹を使い、知能の底上げと攻撃力強化を考え合体開始だ。
ケモノというのはバカなもの。一旦、心を許し懐けば酷いことをしても忠義を忘れない。悲しそうな目を向けても決して、反撃しないのだ。
奴隷は反抗心を持つが、モンスターと言われるケモノと合体させられるとなれば、それを止めるように懇願し素直になる。お願いを聞き入れてやる気は全く無いが、わざと無麻酔で合体させ痛い目を遭わせた後に「私の命令を
たったそれだけのことで「お優しいケプシャル様」になれるのだ。
人との合体に成功した時点で知能の底上げの邪魔となるケモノの脳は潰した。
そうすることにより脳を残した2つの人間が、ケモノの体を動かせるようになる。
せっかく作ったのだから、少しでも強くしてやろうと考えた。胃の中には強酸と高熱を持つ液体を満たしてやり、意思によって吐き出せるように改造もしてやった。
けれども、せっかく与えてやった特別な攻撃手段も期待通りに使いこなしてくれない。人間の細胞は脆く吐き出した際に口の中と口周りが焼けた上に酸で溶けてしまうからだ。そこの皮膚の強化をするより、超速再生付与のほうが簡単だったから、それも付けてやったのに。
治るのだから気にしなければいいものを「痛い」と我儘を言う。
痛いから連続で高熱強酸の胃液ブレスを吐きたくないと言った。
そんな失敗作ではあるが、僅かばかりでも嫌がらせになれば良い。連れの誰かを運良く始末できりゃそれでいい。なんなら大きな手傷を負わせるだけでも儲けもんだ。
——人に戻してやる
嘘の約束を信じ頑張ってくれるだろう。
戻ってきた所で約束なんか誤魔化せる。
戻すなんてもう無理だし、そこで暴れれば手っ取り早く殺せばそれで済む。
ハーゥルヘウアィ・ララを飛び立つ前に、新月丸とその一味が歩くであろう位置の見当をつけていた。予想通りの道筋を歩いている一味を発見し、ニヤニヤとしてしまう。
失敗作をそこに落とす——
本当はそれも高みの見物を決め、苦労する様を見たい。
けれども今は、それよりもっと愉しみな破壊と虐殺が待っているから我慢だ。
新月丸による
連絡手段もそれで阻害していると聞いた。
バカは迫る危険も現状も自国へ知らせられず、助けにも行けず。
そのまま月光国は滅ぶ。
砂漠を歩き通しエスターゼ・ラニサプ様に謁見が叶ったとしても、バカはそこで始末されるだろう。
運良く国を得られた一介の王如き、赤子の手を捻るのより簡単に殺せる。黒髪のくせに見た目はまぁまぁ整っているから、幽閉し無料の男娼として飼うのも推したいところだ。そこはエスターゼ・ラニサプ様の判断に任せるが、どうなされるのだろう。
(愉しくなってきた)
——月光国へ着くまでの時間は、あと1時間といった所だろうか。
その間に様々な想像をしては笑いが止まらない。
糞雑魚とは言え、あれを倒したのは意外だった。まぐれではなくソウルイーターフィッシュを倒せる程の力があるのなら、あの失敗キメラが
しかし、こんな所でモタついていたのは、大した力が無い証拠。
このまま城内まで入れるかは解らないが、お人好しな愚王が統べる国。
簡単に入れるだろう。
少々の護りなら破壊して通ればいい。
護衛が居るのなら、それを殺せばいい。
強ければ、優れた血筋なら。
生まれ持っての才があるのなら。
劣った奴に何をしても許されて当然。
弱く無才の只人から搾取して生きるのは地位ある者の特権だ。
この世界も現世と呼ばれる世界も、それは変わらない。
特権者にとって都合いい不文律を乱す奴は潰さねばならない。
力無き者の味方をする愚王も、それを有り難がる愚民も。
力有る者の真の導きにより正しい形にしてやらねばならない。
それもまた、特権者の務めであり義務であり…愉しみの1つでもあるのだから。
——月光国へ着くまでの時間は、あと30分といった所だろうか。
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