31 -合成生命体

 新月丸は「今後、どうしようかな」と考えながら砂漠を歩く。


 日が落ちてきたので暑さは随分とやわらいだ。

 寧ろ、これからの時間は寒くなってくるのだろう。

 日が落ち始めると砂漠はあっという間に寒くて暗い。


 そんな中、上を見れば星空がとても美しく広がっていた。


彼方の世界現世はこの宇宙の果てを越えた所にあるんだよな…)


 新月丸はそんな事を考えながら夜空を見て歩く。


「あの世」と「この世」なんて言われるが、この2つの世界は宇宙で繋がっていると言えなくもない。その真実を新月丸は知っている。但しその距離はあまりにも離れていて、この世界での肉体を持ったまま行き来するのは無理な距離だ。


 —俺がこの力と姿で行くには、どんなに短くても10億年はかかるからなぁ…

 —そもそも、俺が着いた頃にリックはもう、こっち側に来てるしなぁ…

 —それに10億年後、あの星はせいぜいクマムシの休眠状態が限界だしなぁ…


 何もない砂漠を歩いていると、そんな事が頭をよぎってしまう。


 神であるエスターゼ・ラニサプの逆鱗に触れ新月丸に命令書が送りつけられたのは、現世と関わっているのが主な理由だ。新月丸が彼方あちらの世界にいるリックを想い考えてしまうのは仕方ない。


 星空の下、歩いているここはザファグ砂漠。


 この地はどの国にも属さない自由地区フリーゾーンではあるものの、ザファグ砂漠に隣接するハーララが警戒を強めている地域である。


 クレアやタロウへ連絡をしようとしたが念話テレパシーは防がれていた。エニシエンによる瞬間移動テレポーテーションを防いだ妨害魔法呪いは徹底的に移動と連絡を断つもののようだ。


 しかし、現世への念話テレパシーは防がれておらず、新月丸はリックに「もしかしたら今夜はそっちに戻れないかもしれない」と早めに伝えてある。リックに心配をかけたくない、余計な不安を与えたくない。現世で生き難いリックに此方こちら側の心配までさせたくないのである。


 自由区域内の何処であっても通行する者へ不便を強いるのは、この世界共通の禁止事項だ。しかしハーララを治めるの性格からして、結界や呪をかけるのは当然と言えば当然かもしれない。


 辺りはすっかり夜の闇に包まれ、月明かりと星の明るさが緩く砂地を照らす。

 方向だけは解るようにしているので、そこへ向かって真っ直ぐに歩く。


 砂漠は何処までも冷たく静かだ。


 新月丸は、そんな夜の砂漠を歩く。

 ケケイシもそれに従い歩調を合わせて歩く。

 2体の物怪もののけはケケイシの背に揺られ、じっとしている。


 もう、いままでのような速さで駆け抜けられる体力はケケイシには無い。


 その時、遠くに一点の光が見えた。


 新月丸がいち早く気付き、その後すぐケケイシもその方向を見る。


 赤く光るそれは、隕石のような猛スピードで新月丸一行へ向かってきた…ように見えたが、一瞬で上空を通り過ぎていく。


 その刹那、上空から殺意を持った何かが落下し、それが新月丸一行へ向かってきた。


 近くに着地したそれのシルエットは大きな鶏のように見える生き物だ。


 羽があり強靭であろう脚がある。

 尾は蛇のように見えた。


「コカトリスか!?」


 ケケイシはそう叫んだが、大きな鶏に見えるそれが「チガウ」と甲高い声で否定した。


 鶏の頭部分には人の顔がある。

 蛇に見える尾の先にも人の顔があった。


 コカトリスを基盤にし、人とコカトリス系魔物を混ぜた合成生命体キメラだろう。


「オマエタチコロス」

「オマエタチコロセバモトニモドレル」

「ヒトニヒトニヒトニヒトニ…」

「モドルモドルモドル、モドシテモラエル」


「………」


 新月丸はそれを無表情で見上げている。


 ——戻れない。こうされたらもう、戻れない

 ——ここで死んでも現世でまともな姿には生まれ変われない

 ——彼方あちらで死んでこっちに戻ればキメラのままだ

 ——魂ある限り未来永劫にそれを繰り返すしかない…クソが!


 キメラは何かを吐きかけてくる。


 砂地に落ちた粘性の液体はオレンジの光を放つ。

 それは溶岩かのように高熱を発しているが溶岩ではない。

 その証拠に辺りには何とも言えない嫌な臭いが漂った。


 新月丸もケケイシも次の攻撃に備え構えたが、キメラは攻撃を仕掛けてこない。仕掛けないのではなく、キメラは同じ攻撃がすぐにできなかったのだ。


 吐いてきた鶏の顔に当たる人頭の口元が焼け爛れ、苦悶の表情を浮かべ涙を流している。口元は凄まじい速さで回復しつつあるが、痛みはとても強いらしい。


「新月様、どうなさいますか?」

「お前だけでどうにかできるか?」

「足止めは可能ですが倒すとなると今の体力では確実とは言えません」


 それを聞いた新月丸は丸い漆黒を空中に作り出す。

 その漆黒の円から何かが出てくるのをケケイシは横目で見た。


(援軍を召喚されたのか?)


 吐きかけられる溶岩は今のところ、ケケイシを狙っている。


 攻撃を交わすケケイシ。


 その間にチラッと見た援軍の姿は——


 先ほど吐き出された溶岩の光に照らされ見えた援軍と思しきものの姿は、敵対している目前のキメラより異形かもしれない。少なくともケケイシの目にはそう映った。


 大きな1つ目と大きな口は人のものに似ている。体はやや丸みがあり、蜘蛛くものような作りだ。細長い脚が8本あるように見え、前方に折り畳まれた長い腕のようなものが付いていた。身体はケケイシより2回りくらい大きい。


 新月丸はそれを「ウデー」と呼び命令をくだす。


「そこにいるケケイシと協力し敵を滅殺めっさつしてくれ」

「解りました」

「手段は自由だが、なるべく苦しませずに頼む」

「解りました」


 短く言うと新月丸は「後は頼んだ」と言い残し隕石の如くスピードで飛び去った光を追う。


 そのスピードは恐らく、先の赤い光よりも早い。


(あんな速さで飛べるのか!?)


 ケケイシはそれに驚いたし、それなら最初からそうすれば良かったのでは?と疑問に思ったが、今はそれどころではない。目の前の敵に対処する必要がある。


「ケケイシさん、これを一緒に滅しましょう」

「は…はい」


 見た目とその声にややたじろぐ。

 ウデーの声はとても低く太いのに、何処か女性を感じさせる不思議な声をしていて奇妙な落ち着きがある。


 その時、目の前でウデーが大きな鶏の足に踏まれた。


「ウデー様!!!」


 そう叫んだが、聞こえてきたのはキメラの悲痛な叫び声。


 ウデーを踏んだキメラの脚には、真っ黒い棘が足裏から無数に刺さり貫通している。


「この毛は私へ敵意のある存在に対し棘になるのですよ」


 足元から静かな声が聞こえた。


 キメラは口元の焼け爛れが完全回復するまで、溶岩に似た熱い液体は吐きたく無いのだろう。だから巨体を利用した踏み付けを放ったものの、言葉にならない叫びをあげてキメラは転んでいる。厚い鱗に覆われた脚はとても硬そうに見えるが、それをやすやすと貫いた黒い棘。


 しかもそれは抜けない。


 上部の人頭も蛇の尾の先にある人頭も、脚の痛みが激しいらしく涙がボロボロと流れ、見ていて辛い気持ちになる。尾の人頭は棘を口で抜こうと試みるが咥えた途端、口周りの皮膚が瞬時に切れ裂け抜くことが叶わない。


 口元を見ると解るが、如何なる傷も超速再生がされる。

 身体はそのように改造が加えられているようだ。

 でも、痛覚はあるので苦しい。


 棘が抜けないまま細胞が回復しようとする脚は、口周りよりもっと痛いだろう。


「コロサナケレバ、ワレワレガヒトニモドルタメニ」

「コンナイタミニマケテイラレナイ」


 お互いに励ましている。涙を流しながら言葉をかけあっている姿も悲痛だ。痛みに震える脚で立ち上がり、再び溶岩攻撃をしかけるべくキメラは態勢を整えたが、それは見ていて辛い。


「新月様からなるべく苦しませないように、と命じられたものの難しいですね」


 当初は単に倒せば良い、とだけ考えていたケケイシも苦しませたくないと思い始めた。


「ウデー様、何かいい方法はないのですか?」

「そうですね…」


 ウデーは何かを考えている。


 その間、ティールとドラリンは小ぶりな岩陰にずっと隠れていた。

 気配を徹底的に消し敵に見つからないようにする隠密はティールの得意技の1つ。

(戦いの邪魔をしてはならない…)


 脚に棘が刺さってからウデーを攻撃対象に選び始めた。

 溶岩がウデーに何度も飛んでくる。


 その後ろからも尾の人頭が何かを吐きかけようとする。

 それを防ぐケケイシ。


「私に1つ考えがあるので手伝ってください」


 ケケイシはそれに頷く。

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