18 -物怪

 僕はいつからここに居るのだろう。

 僕を可愛がってくれていた子はいつから帰ってこないのだろう。


 この家の家族はどこに行っちゃったんだろう。

 僕だけ残された家は暗くて静かで、とても寂しい。


 怖い気配の人達が家に押しかけて、この家の人を連れていってしまった。

 僕は動けないし力もない。だから連れて行かれるのを黙って見ているしかない。


 僕には意識があるけど、可愛がってくれたあの子も家族も気付いていない。

 動けないし話せもしないのだから、気づかれないのは当たり前だよね。


 僕は可愛がられているだけで幸せだった。

 でも幸せな時間はもう、帰ってこないのだろう。


 僕はいつまでここに独りで居ればいいのだろう。

 自力で動ける物怪もののけであれば動けるのに。


 ここの家族の為に動きたかったけど、

 家族もあの子も魂を僕に与えられるほど強い魔素値を持っていなかった。


 強い魔素値を持つ人が、僕に強い思い入れを持ってくれれば、

 きっと物怪もののけという存在になれるはず。


 そういう人に出会えればいいのだけど、ここは誰も居ない空き家。

 長い時間が過ぎているし、空き家というより廃墟って感じになっている。


 そんな家に誰が来る?

 僕はいつまでもいつまでも、ここに居続けるしかない。


 寂しい。

 誰かに触れてもらいたい。


 でも、それを誰かに伝える術が無い。

 廃墟がもっと朽ちてそのうち倒れ、その中で僕の意識は消えるのかな。


 それしかない、それしかない。

 もう何年も、そんなことを考えている。


 家族が住んでいて、僕を可愛がってくれる子がいた生活。

 それを懐かしみ思い出すと、少し暖かい気持ちになれる。


 思い出に浸り暖かい気持ちになった後。

 とても寒くて寂しい気持ちにもなるけど、思い出さずにはいられない。


 何年経ったかな。

 何十年経ったかな。


 諦めた時間が毎日過ぎていく。

 日が上がり明るくなって、日が落ちて暗くなる。


 どれくらいの間、それを繰り返したのかな。

 あの子が生きていたらもう、大人になっているね。


 雨の日雪の日嵐の日。

 寒い日暑い日、心地よい日。


 明るくなって暗くなって明るくなって暗くなって。

 僕は独りでこの時間を過ごすしかできない。


 もし、戻ってきてくれてももう、あの子はお婆ちゃんになってるかな。

 大人でお婆ちゃんになったあの子はもう、僕と遊んでくれないかもね。


 天気を見て毎日を過ごしていた。

 あまりにも長い年月だから意識がだんだん飽きてちゃったよ。


 そんなよく晴れた日、なんと誰かが家に入ってきた。

 僕は気付いて欲しいけれど、動けないし話せない。


 こんなチャンスはもう、無いかもしれないのに何も出来ない。

 どうすればいいんだろ、どうすれば僕の存在を知らせられる?


 家に入ってきた誰かは、どうやら部屋を1つ1つ見て回っている。

 2階のこの部屋にも来てくれるかな、来てくれたら気付いてくれるかな。


 入ってきた人は複数人、いるみたい。

 そんな気配がして、階段を登る音が聞こえてきた。


 僕の部屋は1番奥だから最後になると思う。

 それでもいい、誰かに来て欲しい。


 1部屋1部屋、その気配が近づいてきた。

 でも、気配が近づくにつれ恐怖に変わっていった。


 あの日、この家の人達を連れ去っていった怖い気配。

 それに少しだけ似た雰囲気を空気から感じる。


 あの人達ひとさらいよりもっともっと強い気配がしている。

 怖い人だったらどうしよう。


 気付かれたら燃やされちゃうかな。

 燃やされても僕には痛みがないと思う。


 懐かしい記憶も、それを想って過ごした日々も終わっちゃう。

 それは何だか、とても寂しく辛い。


 きっと僕は必要とされたいんだ。

 けど、この強い気配の人は僕をどう見るのかな。


 ただの「ぬいぐるみ」として見る?

 それとも廃墟にある不用品として見る?


 強い気配の人が僕を必要とすると思えない。

 それならせめて、この家に居続けさせてほしい。


 どんどん、その人は僕のいる部屋に近いてくる。

 僕は気配で、それを知ることができた。


 近づくにつれ解ったこと。

 たぶんだけど、悪い人じゃない。


 強い気配だけど、怖い気配とは少し違う。

 真っ黒い闇の気配なのに、不思議と暖かい柔らかさがある。


 扉が開いた。


 入ってきた人は脇目もふらず、僕のところに来た。

 そして、何も言わずにじっと見つめてきた。


 黒い髪、黒い瞳。

 大人だけど小さめの人。


「お前、意識があるだろ」

「!!!!」


 話しかけてきた!

 僕の意識に気付いた!?


 でも、僕は言葉を発せられない。

 頑張って返事をしようとしたけど声が出ない。


「うん、声はまだ出せないんだな」

「!!!!」


 この人は何者?

 何で僕に気付いた?


「大丈夫、そのうちに話せるようになるし動ける」

「だから俺と一緒に行こう」


 そう言って持ち上げられ、僕は長年過ごした家から外に出た。

 その時、初めて見る外は思った以上に荒れていた。


「前の持ち主から大事にされていたんだろ?」

 声の出ない僕はそれに対し、心の中で「うん」と答える。


「そうだよな、物怪もののけとしての卵が宿ってるもんな」

 物怪もののけ?僕が?動けないのに話せないのに?


「卵はあるし意識も出来ているけど、最初の動力が入っていないから動けないだけだぞ」

 そうなんだ…じゃ、僕は物怪もののけになれていたんだ。


「後は俺と居るうちに動力が満ちてくるから、そしたら自由にしていいぞ」

 自由?自由ってなんだろう。


「自由ってのは自由だ」

 自由の意味はよく解らないけど、きっと素晴らしいものなんだろう。


 抱えられたまま、僕はその人の家と思われる建物へ連れて行かれた。

 その建物はとても大きくて部屋の数も多い。


 その中の1つの部屋に入り、ここが当面の居場所と伝えられる。

 部屋は…散らかっているけど、汚くはなかった。


「お!新入りっすね!」

「うん、お前に任せていいか?」

「いいっすよ!」

「卵の状態だが意識がある」

「そうっすね!」

「後は魔素識動力が満ちるのを待つだけだからよろしくな」

「了解っす!」

「ところで名前は付けたっすか?」

「名前か…まだだな。ドラゴンを模したぬいぐるみだからドラリンにしよう」

「じゃ、ドラリン、よろしくっす!」


 名前を付けてくれた。

 今日から僕の名前はドラリン。


 先にこの部屋にいる物怪先輩が、どうやら色々と教えてくれるらしい。

「僕はティール・エクリプスっていうっす。よろしくっす〜」


 僕が物怪もののけとして動けるようになるのは、ここから僅か数日の事だった。

 そして自由を得た後も、新月様の元に居続けるのを選んだ。


 もう、寂しい思いはしたくない。

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