14 -新月丸蒼至
…この王は優しい。
独裁制でいい主君に恵まれた国は幸せになる、というのがこの世界の常識ではあるものの良き主君というものはとても少ない。
権力を1人で握れば道を踏み外し欲に溺れるからだ。
私がもし、その立場になったと考えても絶対に権力を悪く使わない、私物化しないなんて言い切れない。しかしこの王なら恐らく、良き主君として長くこの国を収めてくれるだろう。
まだ十年も経過していないので確信を持つのは早いと思う。
それでも信頼できる王であると私は絶対と言い切れる程の何かを持っている。
あの時、助けてもらった恩がそうさせるのかもしれないけどそれだけではない。
前王の恐怖政治の中、私はそこそこ長く生きられた部類だった。
目の前の理不尽に目を瞑り官吏や特殊警察の暴力が目の前で起きていても止める事は叶わず、素通りするしかない地獄の国「アスパー・ギド」。
地獄の国とは言っても、こういった国は他にもあると思っていたし他の国なら幸せになれる…なんて夢を見るのは却って辛くなるだけなので考えない。
寧ろ、もっと酷い国があるだろう。
ここはまだマシなほうだ。
まだ命が失われていない。
私は恵まれている。
そんなふうにすら考えていた。
そのほうが幾分か気持ちが楽だからだ。
けれど、あの時に捕まった。
日に日に気温が下がり真冬がもう間近と解る寒い日だった。
民部と呼ばれる部署に所属する官吏が貴重な石の発掘に必要な人材を募集しに来たあの時。
募集とは名ばかりで実際は生け捕られ
抵抗すれば即、殺される。
あいつらにとって国民はただの道具でしかない。
反抗的な道具は要らない、というわけだ。私は勝てないと知っているので何の抵抗もせず言われるがままに捕まった。それでも縄で縛る際に手を出すのが遅いと文句を言われ武器で数発殴られ今も傷跡が肩にある。
送り込まれた採掘場から生きて戻った者を私は知らない。見聞きした事がなかった。つまり、捕まった時点で己の絶命を約束されたようなものだ。しかし抵抗しなければそこに少しだけ猶予がある。
目隠しをされ耳を塞がれ何人もの人がぎゅうぎゅうに荷台へ詰め込まれ数日、何かに揺られて運ばれた先は想像より遥かに酷い極寒だった。
地面が凍っている。
氷の地面、ではなく僅かに含んだ水分で土が固まっているのだ。
住む場所と言われた建物は、この寒さを防げる作りとは言えないボロボロの小屋。
食べ物や生活に必要な物資を週に2度、運んでくると言うが粗末で足らず体力の無い者から倒れていった。
私は痩せている割に体力があり上手く生き延びたほうだけど、日に日に命が削られているのは体が感じている。
そしてある日を境に配給が無くなった。
亡くなっている者の小屋から食べられそうな物、燃やせそうな物を探しそれを糧に何とか生き抜いた。
しかし、こんな事をしても長くは保たないだろう。
それに…
生き抜いて何になる?
寒さと飢えが長引くだけだろ?
食べられそうな糧が無くなれば次は何を食らう気だ?
足掻かず皆と同じ道を辿れば楽になるのにどうして命が惜しいのか?
自問自答を繰り返す。
死者からどんなものでも奪って生きている私はなんて浅ましい蛮人なのだろう、と考えていた。いつ、命が尽きるか、最終手段は凍った死者の肉を炙って…と最悪の方法を覚悟し始めたある日。
1人の子供が私の小屋の扉を開け、遠慮がちに入ってきた。
その日の出来事は今でも昨日のように思い出す。
子供ではなかった。
最初は子供が来たと内心、驚いて見上げたが落ち着いて見れば年若い小柄な男だった。
少年にも見えるその男は自らを王だと言う。
驚きと笑えない冗談だという怒りに似た感情が心に湧き上がったが、何日も飲まず食わずで座り込んでいた体は動かないどころか言葉をまとにも発せられない。
それを察したのか
「ここから出ようか。しかしその前に…」
そう、言いながら持っていた食料と暖かい茶を差し出してきた。
その時の私はたぶん、奪い取り無我夢中で貪ったと思う。
不思議と部屋が暖かくなったのは覚えているが、飢えも喉の渇きも限界だったから細かくは覚えていない。
食べ終わり少し落ち着いた頃、自らを王と言う男は気さくに話しかけてきた。
「俺は
私に名は無い。
一般国民は割り振られた記号番号で呼ばれる。
KS-723865。それ以外の名称を知らない。
寒さと飢えから解放された私は名前以外にも色々と聞かれ、それに応じ何も隠さず話した気がする。
ここに連れてこられた日の話、ここでしてきた日々の生活、食糧が運び込まれなくなってからの何人が死に私がどうやって生き延びたか。
そして、ひとしきり話を終えると「じゃ、こんなクソ寒い所からさっさとオサラバするか」と軽く笑い採掘場から私を連れ出した。
「人には記号では無く名が必要だからな。KSを利用し
連れ出され暖かい地域にある街に新たな住居と生活の基盤を与えてくれた。
私はそこで初めて人間らしい暮らしを知った。平穏な日々を送り、街が整っていくのを眺めて2年くらい経った頃だろうか。
国が国として、街が街として本格的に動き出し中央掲示板に「国家官吏募集」の張り紙を見た私はすぐさま、それに応募した。
あの王の元で働いてみたい、と心から思ったからだ。
採用されこの職場を与えられまだ1年が経たない今。
優しいこの王に私の気持ちを伝えていいのだろうか。
気持ちを伝えた所で王を悩ませるだけかもしれない。
もし動いてくれたのなら、王に危険が迫るかもしれない。
王の危険は即ち国の危険だ。
私の我儘で王に危険なお願いをしていいのだろうか?
私は悩んだ。
そして意を決し王に言う。
「あの…」
「ん?」
王は私を見る。
初めて会った時と同じ目で。
私は深く頭を下げた。
「王にこのような事をお願いしていいのか解りません。それにあの者は他の国の者なので直接、何かを施すのは難しいでしょう。でも、可能であるのなら手を差し伸べてほしいのです」
言い終えた途端、伝えた内容に後悔の念が出てくる。
動悸がする。
震えもある。
でも。
きっと、言わなくても後悔するのだろう。
動機と震えが有るか否か、それだけの差で絶対に後悔する。
それなら言って王の判断に任せるのが良いと判断したけれど、それはそれで狡い気がする。
心の中が悶々としているうちに、いつも通りの口調が返ってきた。
「頭を下げなくていい」
顔を上げ王を見ると少し困ったような、それでいて少し笑っているような表情をしていた。
「ここを
そう言って輪に向かって歩き出している。
「うん、やれるだけやってみるよ〜」
軽い口調と共に右手を上げヒラヒラと振りながら輪の中に消えていく。
「ありがとうございます」
私の声は王に聞こえなかったかもしれない。
それでも立ち去る後ろ姿に礼を述べ頭を下げずにはいられなかった。
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