13 -嫌雪
執務室に向かうとちょうど、書簡に封をしていた。
封にはクレアの印、タロウの印が既にされている。
宰相の印もこういった場合には必要だ。
そして俺の印をするのがこういう堅苦しい文書のやり取りの形式となっている。
手間だし無駄だと俺は思うが
こういうやり方はそろそろ撤廃でいいと思うしどうにも古臭いが、お固いやり取りではそれが好まれる。
今回は嫌な相手だからわざと文書作成に多くの者を関わらせ、封に押す印を20個くらいにしてやろうかとも思ったが
「丁度いいところへお戻りですね」
「でも、今日はまだ戻ってくる時間ではないのにどうされたのですか?」
「何だか嫌な思いが頭によぎってな」
「嫌な思いってなんですか?返信の内容が気になられました?」
「そうじゃない。そこは信用しているし俺が考える文より遥かに好ましい文が出来ていると思う」
「では、何か他に気になる事があるのですね」
俺は少し間を置きクレアに尋ねる。
「書簡を持ってきたあの国の使いとはどういうやり取りをした?」
「私は直接、お会いしていません。便利係が書簡を持ってきました」
「そうか…わかった。じゃ、便利係にちょっと話を聞きにいってくる」
一部の者は執務室の端にある転送の
今はまだ一部の者にしか使用許可を出していないが様子を見て少しずつ使える者を増やそうと思っている。
…そう思いつつ、なかなか捗っていないのが残念ではあるが。
輪から便利係が働いている「重要仕事部屋」に向かう。
変なざわつきに楽観視して良い方向になった経験は1度もない。
届けに来た者がどうしても気になる。
書簡を届けてくれた便利係が言うには夕方に来たそうだ。
どうやら徒歩で来たらしく、酷く疲れた感があったという。
相当な距離を歩いているのだろうし客室で一晩、泊まってから戻るよう何度も勧めたけれど頑なに、そして丁寧に断られたと残念そうに話してくれた。
「そうか…で、どんなだった?」
「こう言っては何ですが主君からの書を届けに来る者としては……」
「言い難そうだなぁ」
「一所懸命、届けに来たのは見て分かるんです」
そこから言葉に詰まりだした便利係の名は
まだ国が落ち着かない混乱期。
この国を俺が統べてたばかりの頃。
降雪多い地域で小さな小屋に1人住んでいた。
俺がこの国を制し復興するに当たり、国の惨状を知る必要があった。
地域ごとの荒廃っぷりを知らなければ政策のしようが無い。前王と前宰相の書類、そして人事部とは名ばかりの奴隷部に残る指示書から解る範囲で見回った。その際になるべく辛そうな場所、つまり極寒地から視察を始めたんだ。
寒さは身に辛い。
例えば物語で海で漂流し何処かへ流れ着いたとして、主人公が活躍する話にするのであればそこは暖かい地である必要がある。
食べ物を得るにも生命を維持するにも、ある程度の暖かい気候が基本、必要だからだ。
俺は魔素値に物を言わせてゴリ押しでどうとでもなるが、そうではない普通の人の場合。
流れ着いた先が極寒地であるのなら食べ物の確保はとても難しく、得られたとしても呆気なく凍死で終了するだろう。
案の定、凍りついた死体を多く目にする結果となった。
俺が国を
荒廃した白と灰色の世界に死体が落ちている、そんな風景。
たぶん、家族や親しくなった者が亡くなっても弔う気力も体力もなかったのだろう。人が減れば新たな奴隷が送り込まれる、それだけの事だ。命を失うと、あまりの寒さで凍りつく。だから腐敗せず病の発生が無く害虫害獣も寄らなかった。寒さの恩恵はそれだけと言える。
凍った死体だらけで生存者はゼロかと思ったが、生命探知に小さく引っかかりがあった。
その方向へ向かった先にあったのは今にも倒れそうな小屋。
そこへ入ると顔色の悪いガリガリの男が獣の皮を幾重にも体に巻いて座り込んでいた。
悲しい目。
生気のない目。
恨みの籠った目。
そんな目で俺を見上げてきたが寒さと飢えで動けなかったのだろう。
恨み言を発するでもないし殴りかかってくるようにも見えなかった。
名を聞いても生まれてから「KS-723865」と割り振られた番号しか知らないそうだ。
男は石の採掘で強制的に連れこられ生き延びた最後の1人だと言う。
警戒と緊張がとても激しいのが解る。
それを解いてもらおうとした世間話の流れで
「寒いのは嫌だよな…」
「雪は大嫌いだ」
と言ったのでKSのローマ字から「
クレアにその時の話をしたら「名付けは別の方に任せるのをお勧めします」と言われたっけな…
その後、
人が辛い時、苦しい時。
どんな表情になるかを読むのが上手だ。
うまく隠していても
その
「あの国の主君の書簡を届けに来た使者にしては見窄らしい姿だったんだな?」
「よくご存知で…そうなのです」
「あの国だからなぁ…」
「あそこは神都と呼ばれる国ですよ?」
「そりゃそうなんだが国の在り方はアスパーに近いからなぁ」
「噂ではそう、聞きますが本当にそうなのですか?」
「うん、表立って行ける所は綺麗な都のみなんだけど実際は裏と表が激しい国だぞ」
「そうなのですね…噂は噂と思いたかったけれど事実なんですね」
「まぁな」
「とても痩せていて憔悴も激しそうで帰路を歩いて戻れるのか不安になる顔色でした」
「だから泊まっていくよう、勧めたんだろ?」
「はい。けれども帰られてしまいました。無理矢理、引き留めるわけにも行かず…」
「そうだよなぁ…何か理由があるかもしれないしなぁ…」
「はい…」
そこまで話すと
何かを考えているような横顔は初めて会った時の表情に似たものがある。
ランタンの暖かい光がゆらゆらしている御用部屋でそのまま数分の無言が続いた。
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