06 -アルバイト
これから、リックの代わりにアルバイトへ向かう。
現世——つまり俺が本来の住処とする世界ではなく、いわゆる「この世」と呼ばれる場所。
この世界で生きていくには、何よりも「金」が絶対に必要となる。
もちろん、
住処も
だが、この世界では話が違う。
狩猟は法律によって禁じられ、自然から食料を採るのも現実的ではない。
何より、この世界には「誰のものでもない土地」が存在しないため、自由な採取も難しく、勝手に住むのも法に触れる行為だ。
それでも、路上で暮らす者たちがいる。
だが、そういった者は社会から排除され「見えない存在」にされる場合が多い。
それどころか、弱者への支援金を搾取する「貧困ビジネス」なるものが横行する有様。
そんな世界での生活は、リックにはあまりに過酷だ。
リックはこれまで、安定した職に就けた経験がない。不安定な自営業とアルバイトを繰り返し現状、日々をなんとかやりくりしている。
早いところ、現世なんぞ見限って、
俺がいくらでも助けられるし、金に困ることもない。
だが、リックの肉体はまだ寿命を迎えていないし、両親も健在。親を置いて自ら命を絶つような選択肢は、リックの性格上ありえないだろう。
それに、その方法で肉体を終わらせこちらに来るのは、他にも解決しなければならない難題がある。
だから今の俺にできることは限られている。せめて、リックの仕事を少しでも肩代わりすることくらいだ——
この世界の夏はとにかく暑い。
温暖化が進んでいるらしく、二酸化炭素の削減がどうとか世間は騒がしい。
だが実際に削減が求められるべき国々は大して動かず、逆に影響の少ない国々が「もっと下げろ」と他国から責められる。なんとも奇妙な状況だ。
俺は「排出が多い国がまず責任を取るべきだし、そもそも温暖化は星の自然現象にすぎない」と見ている。
大気温の上昇だって、長い間に自然に起きる地球の活動の一環であり、人間がどうこうできる問題ではないだろう。
だが、そんな事実は都合よく隠され、責任は弱い立場の国に押し付けられる。
誰かの思惑が絡んでいるのだろうな。
それはさておき、今の夏は40年前と比べて平均で10度近くも高くなった。36度を超える日が続き、「猛暑」を通り越して「酷暑」と呼ばれるようになったこの日々。
バイトの制服は長ズボンが必須で、これがまた辛い。
36度なんて体温とほとんど変わらないじゃないか。
リックの軽自動車に乗り込み、バイト先へ向かう。
このバイトは少し変わっていて、午前、午後、夕方と3回の勤務があり、その間には2時間半ほどの休憩時間がある。
その間は自由に過ごせるのが特徴なので、別の仕事を掛け持ちでするにはいいかもしれない。
職場までの道中、俺は好きな音楽を流しながら車内で熱唱が常。
到着後は送迎用の車を軽く掃除し、施設利用者を迎える準備をする。利用者を車に乗せ、各自の家まで送り届ける。
午前は約1時間、午後は2時間半、夕方も約1時間。
合間の長い休憩時間のおかげで、仕事自体は割と楽な部類に入る。俺が気をつけるべきは安全運転くらいなもの。
車内では利用者と他愛のない話をするのが楽しみだ。
「●●党は何十年も党首が変わらないね」
「あそこの国はとんでもないなぁ」
「この間の事件は可哀想だった」
「最近の天候はおかしいよ」
「庭に綺麗な花が咲いた」
「家庭菜園が楽しい」
そんな話題を交わしながら、会話が弾む。
少しだけ、遠回りしてドライブを楽しむこともあるが、それは職場には内緒だ。
俺に仕事を教えてくれた先輩が、そんなふうに利用者を喜ばせていたのを見ていたため、つい真似をしてしまう。
全員を送り届けた後、施設に戻り、タイムカードを押して仕事は終了。リックの車で帰宅すると、次は別の仕事に取り掛かるのがいつもの流れだが——
だが今日は違う。面倒な手紙が届いたらしい。
「リック、悪いけど、国の仕事が入ったみたいだ」
俺はこの世界で物理的に活動するための「肉の身体」をリックから借りている。リックに身体を返せば霊体の俺は、この世界での活動ができない。
そして、俺が身体を借りている
けれど
俺の国は治安が悪くはないものの、街中などで寝落ちされてしまうのは良くないから、俺の部屋で寝るように伝えてある。
いつもより少し早く身体を返されたリックはまだ気怠そうだ。
しばらく自室でのんびりした後、風呂に入ったり夕飯の支度をしたりするのだろう。
「ごめんな、いつもより早くに起こしちまった」
「ううん…早く戻ってあげて、何かあったんでしょ?」
余計な気を使わせたくないが、いつもより早く戻る時点で「何かがあった」と察してしまうよな。
「そんな大した問題じゃないと思うけど行ってくる」
「今日もありがとう。また、寝るときに呼ぶから来てね」
その言葉を背に俺は城へ戻った。
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