02 -中身が無い

 バイトの休憩中、テレビから耳に入ってきた言葉が妙に引っかかる。


「近年、中身の無い人が増えてきましたね。」


 画面に映るのは、霊能者らしき男。


 この国の夏の風物詩となっている心霊特集番組だが、内容は意外に面白い。霊能者の発言には一理ある。


 実際、現世全体で『中身の無い人』は年々増えているし、中身をどうにかできる……消せる存在は俺以外にもいるのがわかる。


 迷惑行為をする輩——逆走自転車、歩きタバコ、それから自分や仲間たちを困らせる奴ら、犯罪を犯す者。そういう連中を見かけたら、俺はそいつらの『中身』を消す。さらに悪質な場合は、本体をしかるべき場所へ案内する。


 いわゆる現世で「地獄」と呼ばれている場所に。


 法で裁けないようなマナーやモラルに欠けた屑も例外ではない。


 そいつらにはそれなりの報いを与え、輪廻から外し、苦痛を与えてやる。現世はすでに末期。大規模な“魂の選別”が既に始まっている。


 それは現世で『あの世』と呼ばれる世界で生活している存在や、現世でも力を振るえる者が、肉体を持ち生きている人間の“命の選別”を進めている、ということだ。


 さまざまな意味で不要な者を排除し、こちら側へ来ないようにしたがっている。


 ——俺もその「選別者」の一人。


 近年では、最初から中身を持たずに生まれる子供も少なくない。『中身』とは、霞体かたいとも呼ばれる本体を指し、現世でわかりやすく言えば、魂のこと。


 魂が無くても肉の器は命として成り立ち、普通の人が見ても気づかない。それだけに問題は表面化しないので選別は容赦なく、どんどん進んでいる。


 番組内の霊能者が言う「中身が無い」とは、単なる人格や道徳観の話ではない。しかし、それを分かっていないタレントが、得意げに綺麗事を口にする。


「最近は人として心が無い人が増えてますよね。残念なことです。」


 ……退屈だな。


 最近のテレビには、顔が整っているだけの、つまらないタレントが増えた。あるいは何らかの事情による配慮で、採用された芸能人か?と思えるのも少なくない。裏事情があり忖度そんたくで選ばれ、人気のあるなし関係なく、テレビに映り続ける。


 世間のご機嫌を伺う発言や、特定の存在にとって都合のいい偏った発言しかしできない上に、頭が悪い。挙句の果てには自国を貶める発言までしやがるから、テレビの質がどんどん落ちる。


 つまらないタレントは、その後もつらつらと綺麗事を並べ、不親切な人が増えただの、助け合いの精神がどうのと面白みのない話をずっとしている。


 誰にでも言える言葉を垂れ流す姿を見て、俺はつい「お前も中身が無いのにな」と呟いてしまった。


 この霊能者はたぶん、タレントの『中身』が無いことに気づいているだろう。……いや、たぶんではない。確実に気付いている。


 目線の動かし方や含み笑いを隠す表情、そこに滲む小バカにした感情。それらが俺には見て取れる。


 しかし、テレビという場で「あなたも中身がありませんよ」とは言えない。そんな発言をしたら即座にネットで炎上し、実生活にまで悪影響が及んでしまう。


 それが現代世界の厄介なところだよな。


 それに、真実を語ったところで大半の人間は理解しないどころか、変人扱いするだけだ。「最近の子供は生まれながらに魂がありませんよ」などと放映した日には、テレビ局にクレームの電話が絶えず鳴り響く結果を招いてしまうだろうしな。


 こういう番組は、本気で議論するためのものではなく、視聴率を稼ぐための娯楽に過ぎない。


 俺はもっと正直に言えばいいと思うが、それを求めるのは酷というものだ。この霊能者は、現世の変化に気づいているものの、自らの保身が大事なのは俺にもよくわかる。俺がこの霊能者の立場だったとしても、全てを正直に話さない。


 言葉を慎重に選び、叩かれないよう炎上しないよう、それでいて真実を霊能者は語っている。大半の者がその真意に気付けない、さとくて上手な言い回しだ。真実を知る者のみが、その微妙な表現を解釈しながら番組を楽しめる。


 それは俺にとっては一興だ。


 真実を視ている霊能者が、どのようにこの世界を感じているのか。珍しく興味が湧いた。


 ただ、バイトの休憩時間が終わるのが惜しい。テレビを消し、名残惜しさを振り切りって家を出る。リックが住むこの家に鍵をかけ軽自動車に乗り、次の副業先へ向かう。


 俺の仕事は3つ。本業1つに副業2つだ。


 これから向かうのは副業の送迎バイト。老人をリハビリ施設まで送り迎えするのだが、運転が嫌いではないので苦ではない。


 もう一つの副業は、ネット通販業のサポート。仕入れや戦略を練る仕事だが、正直あまり面白くはない。


 相手があまりにも、この世界では有利過ぎ、考えた先からまた改悪をする。そうなれば再び、戦略を練り直さなければならず……あの通販サイトを仕切る奴に対して『いつか気づく時に後悔しても遅いからな』と思っている。


 本業は……彼方あちらの世界にある国の王だ。


 実際のところ、俺は本業をほったらかしにして現世の副業に時間を費やしている。彼方あちらの世界で国王としての務めに専念すれば、よほど楽なはずだが、ここでの2つの副業をこなさねばならない理由がある。


 それにしても、この世界の不便さには困ったものだ。俺の本来の能力は、リックに借りている肉の器ではほとんど発揮できない。この世界のルールに従うしかないし、彼方あちらでは当たり前のことが、現世ではできない。


 それがあの世とこの世のことわりだ。


 たとえば、空を飛ぶことすら不可能なんだよなぁ……

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