第3話 藍色の意味②
本殿はこの国の祖である神の御霊を祭る場所。
そこははるか昔に作られた巨大な石室で、10畳ほどの空間に置かれているのは大きな石をくり抜いて作った水鏡が1つだけだった。
明かりの灯らない室内は当然薄暗いのだが、本殿前方の天井あたりから一本の光が筋となって水鏡に降りてきているために水面に反射した光が周囲を照らしている。
それは暗闇の世界にいるからこそ眩く、神々しくさえ感じる光景だ。
「美しいな」
ぼんやりと降り注ぐ幻想的な光と、キラキラと反射する水面の輝きについ声が出た。
ウゥー、ウウゥー、マッテオッタゾ・・・
え?
石室の天井から聞こえてきた風音が、耳に止まった。
はるか昔に作られた石室故には隙間だってあるのだろうし、実際光が入るということは風も通るのだろう。
風音は、当然のこと思うのだが・・・
・・・ウゥウウ―,マッテオッタ・・・
なぜだろう、俺には人の声に聞こえる。
・・・モソットチコウ・・・
石室の入口あたりで立ち止まったまま、俺は固まった。
ここは神聖な場所で、神様のいらっしゃる所。
そして、ここに入ることを許された人間のみが神の声を聞くことができると言われている。
そのことは俺だって理解しているし、王家に生まれた以上は神の存在を否定するつもりは無い。
しかし・・・
・・・モソットコチラヘ・・・
耳が慣れたせいか降り注ぐ声が意味を持つ言葉に聞こえるが、なかなか俺は体が動かない。
確かに、今日俺がこの場にやって来たのは神の声を聞くためだ。
真実か否かは別としてここに入った王家の人間には神の声を聞く能力が発現するとされていて、その能力を得た者のみが王となる資格を持つ。
ということは・・・
***
この場に入ることができるのは王家直系の成人男子。
しかし、そのすべての者が神の声を聞くわけではない。
実際俺の10歳上の兄もこの場に入ったものの、神の声を聞くことはできなかったらしい。
ただ、それはあくまでもらしいという想像の話でしかない。なぜなら、兄は本殿に入ったまま出てくることなく姿を消してしまったからだ。
・・・チコウ・・・チコウ・・・
それからどもくらいの時間がったのだろうか、降ってくる声に導かれるように俺はやっと歩みを進めた。
その時、
カタン。
大きな石の表面に水を張った水鏡の前まであと一歩というところで、何かがつま先が当たった。
室内は薄暗く音の正体はわからないが、大きさは茶碗ほどで丸く硬質な印象。
さすがに手に取って確かめることははばかられ、暗闇の中に視線を向けるだけにした。
・・・ヨウキタノウ・・・
まるで日の光を写すように輝く水鏡の前まで来て、やっと聞こえてくる声は幻ではないと感じられた。
「あなたは、神なのですか?」
・・・・カミ・・・ソウカモシレヌ・・・
クククと含み笑いを忍ばせる声は穏やかでどこか父の声にも聞こえる。
「神であるならがお教えください、兄は、私の兄粋斗(すいと)はどこへ行ったのですか?」
・・・アニ・・・
「そうです。今から10年前現王の長男としてこの場所に来たはず。兄はその日以来姿を消してしまいました」
・・・サテ・・・
困ったように声が止まったきり、何も聞こえなくなった。
***
この場所へ来るにあたって教えられたのは「静かに神の声を聞きなさい」との教えのみ。
後は神様が導いてくださると言われてここへ来た。
神の声が聞こえるということは王家の血を継いでいるらしいが、この先はどうしたものかは自分でもわからない。
「私はこの後何をなすべきなのでしょうか?」
黙ってしまった神に自分から聞いてみた。
もちろん兄の消息についても知りたいが、このままここにいても情報が得られる気がしないし、まずは神の声を聞くことが重要だと思えた。
・・・オノレノミチヲイケ・・・
今度は耳ではなく頭の中に直接入ってきた声。
同時にザワザワと水鏡の水面が揺れ、波が立つ。
「己の道とは?」
・・・ソナタニハナスベキコトガ・・アル・・・
「なすべきこととは?」
・・・・・・・
あまりにも漠然としていて聞き返したが、その後耳に入ってくるのは風音だけで神の声が聞こえることはなった。
***
しばらく神殿にとどまり、俺は祈りをささげた。
二度と神の声が聞こえることはなかったが、初めて神の存在を感じた俺には貴重な時間になった。
兄についての疑問は残ったままだが、この先父の後継者として生きていくと決めた俺には多くの時間がある。
少なくとも本殿の中に怪しいところはなかったし、もう一度当時の状況を知るものから話を聞くしかないだろう。
「待たせた、えっ?」
本殿を出たところに先ほど別れたはずの神官が待っていると思い声に出したが、俺の言葉は途中で止まってしまった。
なぜなら俺を待っているはずの神官が、倒れていたのだ。
「ど、どうした?」
慌てて駆け寄り体を起こしたが、すでに虫の息で生気は感じられない。
見たところ外傷はないように見えるのだが・・・
「珀斗様、お願いでございます」
すべに力尽きる寸前のはずの神官が、俺の名を呼びながら手を合わせる。
「どうした、何を願うというのだ?」
本来なら今はしゃべるなと言うべきところだが、瀕死の状態でも伝えたいことなのだろうと口元に耳を寄せる。
「八雲立つかの地で・・・粋斗様を・・・」
かすれながら紡ぐ言葉の途中で、コトンと体から力が抜けた。
「粋斗?兄上がどうした?」
その後何度も神官の体を揺らしてみたが、もう二度と温もりが戻ってくることはなかった。
***
結局、神官からは何も聞くことができなかった。
彼の死そのものは病死として処理され公にされることはなかったが、その後の予定は乱れることとなり慌ただしい一日となった。
正直その日一日をどう過ごしたのか俺には記憶がなくて、気が付けば祝宴も終わり自室に戻っていた。そのくらい忙しかった。
「それで、本当に行かれるのですか?」
「ああ」
「しかし・・・」
忙しい一日が終わり自室に戻った俺は、ある提案をした。
それに対して普段何事にも動じない宗太郎が渋い顔をしている。
まあ随分無理を言っている自覚はあるから、仕方がないのかもしれないな。
俺は本殿に入り、神の声を聞いた。
それは間違いない。
しかし、具体的には何の指示もお告げもなかった。
だから・・・
「神は出雲へ詣でよとおっしゃったのですか?」
「ああ」
神は『己の道を行け』と告げられた。
だから、俺は神官が亡くなる前に告げた『八雲立つ地』出雲へ行くことにした。
きっとそこには兄の足跡があると、そう感じたのだ。
父上も初めは訝しげにしておられたが、神より『出雲にも参詣せよ』とのお告げであったと伝えたことで何とか認めてくださった。
「わかりました神の御言葉とあればお止めすることもできますまい。しかし、私は同行させていただきます。よろしいですね?」
「あ、ああ、わかった」
さすがに一人で行かせてもらえるとは思わないし、俺も宗太郎がいてくれる方が心強い。
こうして俺の出雲参詣が決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます