第2話 藍色の意味①

「本日はおめでとうございます」

「おめでとうございます」


行き交う侍従たちが皆にこやかに声をかけてくれる。

俺は軽く会釈をしながら控室へと進んで行った。


「昨夜はちゃんとおやすみになりましたか?」

「ああ、大丈夫だ」

すぐ後ろから耳打ちする宗太郎を振り返ることもなく、小さく返事をした。


今日は一二月二五日で、俺の誕生日。

二十歳を迎えた俺は王宮内で行われる神事へと向かうところだ。

とは言え準備は夜半から進んでいて、日が昇る前に起こされた俺は体を清め今日の為に用意された真新しい正装を身にまとった。


「苦しくはございませんか?」

宗太郎とは反対側から近づき声をかけるのは乳母である千景だ。


「ああ、今のところは大丈夫だ」


人生の一大イベントである成年式には当然のように正装で臨む必要がある。

これまでにも何度か着たことのある装束ではあるものの、成人前の子供が身に着けるものと成人として着るものでは重さも数もかなり違う。

覚悟していたこととは言え、窮屈で動きにくいことはこの上ない。


「とにかく無理をなさらず、ご自分で動かずに誰かを呼んでくださいましね」

「ああ、わかっているよ」


乳母として俺を育てた千景はまるで母のように心配をしている。

その言葉がうれしくもあり、多少煩わしくもあり、それでも俺は表情を変えずに返事をして歩を進めた。


***


現代的な建築物が並ぶ都の中心に、広大な敷地を有する宮殿。

そこには王や王妃の暮らす場所のほかに国政を行う執務棟や来客をもてなすための迎賓館などいくつもの建物が存在する。

敷地の中には小高い山と森があり、その奥深くには神殿がある。そして、神事はすべてそこで執り行われる


「では、私たちはここで」


神殿の中には一部の神官や王族しか入ることができず、宗太郎もその入口の前で足を止めた。

ここから先は神官に導かれ俺だけで行くしかない。

そして神殿の奥深くを進んだ先にある本殿には王家の血を引く人間しか入ることしかできない。


「では、行ってくる」


俺は表情を引き締め、宗太郎と千景に目配せをしてから再び前を向いた。


***


神殿とは言っても、そこは自然にできた洞窟のような場所。

薄暗く光の入らない通路を進むにつれて湿度が高くなり、今日の為に用意した装束が自分の体にまとわりついて来る。

決して熱いわけではないが妙な熱気があり、少し息苦しさもあって歩みが遅くなった。


「珀斗様」


数メートル先を行く神官が、歩みを止めて俺を待っている。


「すみません」


今日の日程は分刻み。

遅れればこの後の予定にも影響すると俺にだってわかっている。

しかし、この重たい空気には抗えず俺はゆっくりと前に進むことしかできなかった。


***


先を行く神官の明かりだけが頼りの道をゆっくりと進む。

ゆらゆらと揺らめく炎が幻想的で、まさに異世界のような空間だった。

そして、いくつかの角を曲がりかなり歩いた先に見えてきた大きな扉。

ここが本殿の入口だ。

扉の前まで行くと、それまで俺の前を歩いていた神官が壁際へと移動し道を開けた。


「ここが・・・」

意識することなく声が漏れた。


ここへ来ることができるのは上級神官と王族のみで、この先に進むことが許されるのは王家の血を引く成人男子。

そして、ここで神の声を聞いたもののみが王の継承者となる。

もし神の声を聞くことができなければ・・・


「珀斗様」

「ん?」


さあこれから本殿の中に入るのだと緊張していた俺に神官が声をかけてきた。


「あなた様はご自分の纏う色の意味をご存じですか?」

「色?」


王宮に生まれた子はそれぞれに自分の色を持つ。

それは神によって与えられ、王によって告げられると言われている。


「藍は闇色でしょう?」


王である父が身に着けるのは暁を表す朱色。

10歳上の兄は温かな春の日差しのような明るい若草色だった。そんな中で俺に与えられたのが藍色。

たとえるなら漆黒の闇を思わせる暗色だ。


***


「藍は青より出でて藍より青し」

まるで歌うように発せられた言葉


一瞬何を言われたのかわからず、俺は首を傾げた。


「藍からとれる藍色は藍よりも深い青となるのですよ」

「知っています。教えを乞うたはずの弟子が師匠を超えるという意味があるのですよね」


もちろん知識としては知っているし、俺自身も藍色自体が嫌いなわけではない。

ただその人物の人となりを表す色は暗色ではなく明るく人を照らす明色であってほしかった。単純にそう思っただけだ。


「あなた様はこの国の未来を変えるかもしれぬお方」

「おおげさな」

神官の言葉を遮って吐き捨てた。


王宮なんて場所に生まれた子は根拠のないお世辞といわれのない誹謗中傷の中で育つ。

皆が王や王妃その子である王子たちに取り入ろうとするのだからそれも仕方がないことなのだが、周囲の人間が上手に守ってやらなければ人間不信にもなるし、悪心に染まり善人でいることができなくなる者も出てくる。

そう言う意味で王宮は最悪の育児環境と言えるだろう。


「あなたがお生まれになった日、大きな雷が一つ落ちたのです」

「おかしいなあ、母上は星の輝く夜であったと言っていましたが」


今目の前にいるのは、俺をここまで誘導してきた国でも最高位の神官。

そんな彼をしても王族には媚びをうるのかと思うと、つい嫌味な口調になってしまった。


「・・・もう直、お分かりになることです」

俺の失礼な態度にも顔色を変えることなく、神官は会話を止めた。


確かに、本殿に入ればすべてが明らかになる。

そして、真実は俺自身の目で確かめるしかないのだ。

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