宝物庫の魔女
なでこ
花の魔女
第1話 五文字しか書けない便箋 🌸鷺草
「わたし、宝物庫の魔女よ。今日は、お電話ありがとう。
早速だけれど、“あなたが今、どうしたいのか”を話してみて。叶う・叶わないは別として」
「悪いわね。わたしも、あくまで“仕事”だから。
依頼は必ず電話口で聞くし、深入りはしない。残業もゴメンよ」
「オーケー。館で待っているわ。あなたが好きなもの・本当に必要だと思う【ひとつ】を選びにいらっしゃい」
花にまつわる【宝物】を守る、ひとりの魔女がいた。
他にも、色や音、光……様々なものを守る魔女が、この世にいるらしい。
「【宝物】はね、自分でも気付かないうちに増えていくものなの。壊れて初めて・代用の利かないものだとわかったり、しまい込みすぎて居所や形・名前がわからなくなることもよくあるでしょう」
魔女たちは、自分の手にはとても余る【宝物】を、求める者に渡す仕事をしているようだ。
①五文字しか書けない便箋(鷺草)
夢には、際限がない。
繋がりも、終わりも、入り口も不鮮明――だけど。
あなたはずっと、呼ばれているのよ。
あなたしか開けない、扉の向こう側から。
◯
「もしもし」
「宝物庫の魔女よ。聞こえているわ。鳥のさえずりのような、かわいらしいお声ね」
受話器の向こうから聞こえる、涼やかな少女の声。それは静寂の中でちりん、とゆるやかな一音を立てて消える、風鈴にも似ていた。
「突然のお電話、ごめんなさい。あの……自分でも“おかしい”と思うのですが」
「なぁに」
「私は、誰かに【何か】を伝えなければならない気がするのです。けれど、伝えるべき相手や【要件】に、覚えがなくて……」
“今・話している少女”が“何も覚えていない”ことが、今回の疑問を解く鍵だ。
「――オーケー。時間のあるときに、館にいらっしゃい」
膝の上にいる仔猫が、にゃみん、と鳴いた。
“大丈夫、彼女ならちゃんと選べるわ”と、魔女は仔猫の頭を撫でて笑っていた。
◯◯
雨上がりの、少し冷え込む日の午後。
“こちらでよろしいでしょうか”と、両手を前で丁寧に揃えた少女が、魔女の館にやってきた。黒いブーツの先が水溜まりに濡れて、きらりと光っていた。
「あなたには、真っ白な――鷺草(さぎそう)の【便箋】を渡しましょう」
便箋に描かれたその花は、驚くほどに白く、細い。
蝶々とはまた違うが、今にも何処かへ飛び立っていきそうなほどに――まるで“息をして・生きている”かのような錯覚を覚える。
「私は今まで、手紙を書いたことがありません」
「何も難しくないわ。思っていることを、素直に言葉にするだけだもの。今みたいに」
「ですが……」
言葉に詰まることはあっても、決して自分の思いを偽ったりはしない。そんな少女を微笑ましそうに見つめる魔女は、更にこう付け加えた。
「ひとつ言うと、この【便箋】は、五文字しか書けないから」
「……!」
「書き間違えたときのために、ふたつ渡しておくわね」
◯◯◯
「……」
魔女の館から帰宅して、数時間。書斎で静かに【便箋】を見つめていた少女は、“五文字”という制約にとても頭を悩ませていたようだ。その間に、万年筆を握ったまま眠っていたらしい。
“ぜひ、きみに。この役をお願いしたい”
“若い芽が育つのは、劇団としてもありがたいことだよ。でも、きみにはこんな脇役なんてもったいない。もっと主役で、目立てる役でないと”
“こんなにたくさんのオファーが、あなたに……でも、本当にそれでいいの?”
“あなたが本当に演じたい役は、もうずっと前からあるのでしょう?”
頭痛やめまいのように、こびりついた痛み。周囲からの期待と、演者として高みを目指したい気持ちと。
役を選り好みしてしまう、自分のわがままさと。
「……もっと、身軽になって舞台に立てたらいいのに」
嫌な夢、と少女が体を起こすと、くしゃり、と【便箋】の端が折れるような音がした。はっとそちらを見ると、真っ白だったはずのふたつの【便箋】に、はっきりと少女の文字で綴られていた。
【踊りたい】
【変わりたい】
「……その“小さな役”。もう、あなた以外にはできなくなってしまったわね」
魔女の手の中で畳まれた【胡蝶蘭の便箋】には、
魔女の文字で【おめでとう】と書かれていた。
🌸鷺草(さぎそう)
花言葉:「夢でもあなたを想う」、「神秘」
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