外側の世界、中の世界

得能かほ

第1話

 スノードームの中にいる雪だるまの人形に、あたしは“中子ちゃん”という名前を付けた。

 小学四年生の時、パパが北海道出張のお土産に買ってきてくれたスノードーム。中子ちゃんは小高い丘の上にちょこんと立っていて、頭に暖かそうな毛糸の帽子をかぶっている。枝でできた細々とした手を目一杯広げ、これまた枝でできた口元をいつもキュッと上げている彼女は、常に硬いガラスの外殻に覆われている。決して外には出られない、いつも中にいる中子ちゃん。逆さにすると雪が落ちてくるのを不思議がって眺めるあたしに、パパが「中に液体が入ってるんだよ」と教えてくれた。ガラスの中は液体で満たされていて、そこに混じった白い粒がゆっくりと落ちてくるのが、雪のように見えるのだと。

 勉強机の上に置いて、毎日飽きずにそれを眺めた。緑色だった丘の上に雪はゆっくりと降り積もり、中子ちゃんを丸ごと覆うように白く染めていく。そこ、寒くない?あたしは時々話しかけた。春でも夏でもスノードームの中だけは冬景色で、中子ちゃんはおそらく一生、冬しか知らない。それが時々、無性にかわいそうになった。外に出てみたいと思わない?ガラスを突き破って、外側に出られれば何か変わると思わない?中子ちゃんはいつも、返事をしない。

 中学生になり、学校の先生に勧められて病院に行ったのをきっかけに、痺れを切らしたママはあたしを捨てた。元々が完璧主義で、いつもピリピリと張り詰めている人だった。精神科の先生は“病気”と“障害”の違いについて根気強くあたしに説明したけど、あたしはそんな難しい話はよくわからなかった。いつもそうだ。人が当たり前のように発する言葉が、表情やちょっとした仕草の意味が、あたしには上手く掴めない。周りの人たちはまるで手に取るかのように世界を理解して自分のものにしていくけど、あたしはそれができない。目の前にはいつも透明の壁があって、手を伸ばして周りのものに触れようと思っても必ずどこかで遮断されてしまう。スノードームの中みたいだ、と思うようになったのはいつからだろう。ガラスの殻に包まれて、どろどろとした液体に溺れていく。雪の粒が混じって白く濁った液体越しに、あたしは外側の世界を眺めている。殻を破る日は、たぶん来ないのだろう。中子ちゃんと同じだ。中子ちゃんが一生を冬の中で過ごすように、あたしもこのガラスの内側で、出たくても出られない外側の世界に思い焦がれながら閉じ込められている。


 

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