第70話 老獪な老人と意地悪な猫

「じゃっ!」


メイヴィス「まて、待て、マテ、MATE~って!」


転移しようとする俺を焦って引き留めようとするメイヴィス。だが先程とは違い、袖が掴めない距離を俺はキープしている。テーブルも挟んでいるしな。メイヴィスは慌てて追跡用マーカーを放ってきたが、その魔力をペシとはたき落とす。


メイヴィス「なっ?! いや、頼む! 待ってくれ!」


「ふ、冗談にゃ。テーブルと椅子出しっぱなしで行かんにゃ。街で買った結構高かった奴にゃ」


メイヴィス「ほっ…。


…てか結構いい性格しとるなお主?」


「まぁにゃ。俺は意地悪な猫だからにゃ」


俺はちょっと調子を取り戻しつつ合った。


実は、今までのやりとりで大体分かったのだ。この程度なら、いざとなったら逃げ切れる。


少し余裕が出てきた。戦っても歯が立たないという事もなさそうだ。


まぁ人間の賢者も老獪だ、手強い事は変わらないだろうが。


メイヴィス「お主に今逃げられるのは非常に困る、頼みがあるのじゃよ~~~!」


「たのみぃ~?」


メイヴィス「そう露骨に嫌な顔をせんでくれ、頼みというのは他でもない、儂を連れて帰ってほしいんじゃよ、帝都に! お前を追いかけるために帰還用の最後の魔石を使ってしもうたから、帰るに帰れんのじゃ」


「にゃにゃ!」


言われてみればそうか、魔石を使い果たして転移できないのなら、自力で歩いて帰る必要がある。だが、ここは魔境と呼ばれる森の奥地である。


メイヴィス「…足が悪い年寄をこんなどこか分からん森の中に置いていったりはしないよな?」


「別に…知らんにゃ。置いていっても気になんかならんにゃ」


メイヴィス「置いていかれて死んだら化けて出るぞ?」

メイヴィス「とはいえまぁ儂も賢者と言われた者、簡単には死ぬつもりはないがな。だが、森から出られたら、お前を見つけ出して仕返ししてやるぞい」


「……仕返しされる前に殺しとくか」


メイヴィス「お主……随分殺伐とした奴じゃな」


「森で狩りをしながら……他の動物や魔物を殺しながら生きてきたにゃ。それに、俺は人間じゃないからにゃ。人間を殺すのにそれほど抵抗感はないにゃよ?」


メイヴィス「前世は人間だったんだろう? 違う種族に転生するとそんなものか? まぁ人間でも人を殺すのが平気な奴はたくさん居るがな。だが……儂と戦うと? さっき自分でも言ってたろうに、転生者の賢者は手強いぞ?」


「【転移】が使えないと分かった時点で、こちらが圧倒的優位になったにゃ」


メイヴィス「……嘘かもしれんぞ? 実はまだ魔石を隠し持っているかも…?」


「にゃにゃ! 老獪な…。今まで、そういうブラフや駆け引きが必要な相手にはこの世界では出会ってこなかったにゃぁ…」


メイヴィス「ふっふっふ、伊達に百五十年も生きとらんでな」


「…でも? 魔石が残ってるなら帰るのに使えるって事だにゃ? つまり、安心して置いて行けるにゃ」


メイヴィス「まってまって! 嘘です、魔石はほんとにもうないんです~! 頼むよ~~ちゃんと謝礼は払うから~!」


「謝礼?」


メイヴィス「うむ、いくら払ったら引き受けてくれる?」


「金はいらんにゃ」


メイヴィス「金以外か……何か欲しいものはあるか? 儂は帝国ではそれなりの地位についておる、大抵のモノは手に入るぞ?」


「今のところ、特に欲しいものはないにゃ」


メイヴィス「うーむ、困ったの……。そうじゃ、これならどうじゃ…?」


「……?」


人間の賢者の老人が提示した謝礼は、意外にも“紅茶”であった。帝都に行ったら美味しい紅茶を飲ませてくれると言うのだ。もっと高価なものを言うだろうと予想していたが肩透かしで俺も少し驚いた。


なんでも、メイヴィスは完璧に地球の紅茶と同じ味がするものを開発したそうだ。


メイヴィス「地球からの転生者なら魅力的じゃろ? 金では手に入らんからな」


茶葉も分けてくれるという。それだけではない、地球の料理を色々再現しているので、それもごちそうしてくれるという。さらに、その材料とレシピも教えてくれると言う。


なるほど……魅力的かもしれない。俺はそれで手を打つ事にした。


まぁ立ち去ろうとしたのは半分冗談だったんだがな。俺も、老人を森に置き去りにして見殺しにするほど冷たくはない。


だが、俺も行った事がない場所に転移でほいほい移動できるわけではない。


(※実はできなくはないのだが、簡単ではない。遠見の魔法のような、遠隔地を見る事ができる魔法などで事前調査が必要なのだ。それも、場所を知らないとどこを見て良いのか分からず、膨大な魔力が必要になるだろう。魔力もそうだが、そもそも、見たこともない場所を遠見で見ても、そこが目的地かどうか分からない。それよりは、自分で飛んで行ってしまったほうが早い。)


そこで、一旦、元の街に戻ってメイヴィスを置いて、自分だけ帝国の王都まで行く事にした。そこから転移で戻ってメイヴィス達を連れ帰ると言う作戦である。


(ちなみにメイヴィスは王都には転移用の目印を置いていると言っていたのだが、その目印システム、俺には使えないし。)


街に戻ったら、グリス達もすでに街に戻っていたようで、徘徊老人メイヴィスを引き渡して任せた。


(余談だが、そこで街の名前がワッツローヴから占領される前の地名【ムサロ】に戻ったと聞かされた。そして、マニブール王国がなくなり、帝国の領地になった事を聞かされたのだった。)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る