第68話 賢者強襲?!

賢者からの手紙の内容を見た俺は……


黙って手紙を閉じ……


……その場を立ち去る事にした!


「じゃ! もう会う事もないだろうが、元気でにゃ!」


グリス「え!? いきなりどうしたんですか?! どこかへ行くんですか?! あ、早速帝国へ?!」


「帝国には行かないにゃ。行くなら帝国とはなるべく離れた場所に行くにゃ!」


グリス「賢者様が是非お会いしたいと言っておりますが? 以前カイト様も帝国の賢者に会ってみたいと言ってましたよね?」


「気が変わったにゃ! 賢者に会う気はないにゃ!」


俺は屋敷を亜空間に収納した。眼の前のそれなりに大きな屋敷が綺麗さっぱり消えてしまい、グリス達は目を白黒させているが、気にせず土魔法で作った屋敷を囲う塀も土に返してしまう。


あっち・・・に向かって行けば、そのうち街が見えてくるにゃ。ここまで来られたんだから自分で帰れるにゃろ?」


グリス「…え? …あ? チョッ……?!」


「俺はもう行くにゃ! じゃ!」


だがその時。


『待て待て待て~~~!』


地面に浮かんだ魔法陣の中から声が聞こえた。そして、一人の老人の姿が実体化してくるのが見えた。


おっと、まさかいきなりここに乗り込んでくるとは思わなかった。帝国に居るんじゃなかったのか? だから俺に来てほしかったんじゃないのか?!


とりあえず…逃げよ。


グリスが “これは賢者様態々おいでになるとは…” なんて言ってる間に、俺は転移を発動してその場をオサラバするのであった。




  +  +  +  +




俺は森の奥に転移した。


ギリギリ逃げ切った―――


―――かに思えたが…


「…ちっ、やるにゃ」


転移先にも魔法陣が浮かび、再び老人が出現する。


転移直前に老人から何かの魔力が俺に触れるのを感じた。おそらく追跡用の目印マーカーのようなものを着けられたのだろう。


メイヴィス「なぜ逃げるんじゃ……って待たんかー!!」


俺は即座にもう一度転移を発動して逃げようとしたのだが、着けられた何かの魔力マーカーを振り払うのに一瞬手間取ってしまい、その間に服の袖を掴まれてしまった。


このまま転移しても奴がくっついて来てしまう…。


おそらくは、もっと精度の高い転移が使えていれば、たとえ服を掴まれていようと相手を置き去りにして自分だけ転移する事が可能であったと思うのだが……この時はそこまで転移魔法を使い熟していなかった。


森で狩りをしながら生活している時は、まさか転移魔法で追いかけっこをするなんて想定していなかったからな。


服を置いて中身だけ転移する手もあるが―――それならできそうな気がしたが―――ここでまた貧乏性な性格が出てしまう。服は街でそれなりに高い金を出して買ったものだった。捨てていくのはもったいない。


メイヴィス「とりあえず話だけでも聞かんか!」


「……一体何の話にゃぁ……?」


メイヴィス「なんでそんな嫌そうな顔をする? ―――いまいち、猫の表情はよく分からんが、嫌そうな顔してるんじゃよな?―――儂はただ、話をしたかっただけじゃ。なぜ話も聞かずに逃げるんじゃ?」


「そりゃあ関わりたくないからにゃ」


メイヴィス「何故じゃ? お主だって帝国の賢者に興味があるとか言っていたであろうが、儂がその賢者じゃぞ?」


「盗聴でもしてたのか?」


メイヴィス「盗聴というと人聞きが悪いが…、グリスに通信機を持たせてモニタしていたのじゃ。というか、興味があると言っていたのにロクに話もせんと何故逃げる? 儂の事だって何も知らんじゃろうに」


「あの手紙で十分にゃ…」


メイヴィス「やはり!! おそらくそうじゃろうと思っておった。お主も転生者、日本人じゃな!?」


そう、賢者からの手紙は、日本語で書かれていたのだ。


それを見た瞬間、俺は失敗したと思った。自分以外にも転生者が居るという可能性を完全に失念していた。


正直(特に人間の街に来てから)俺はかなり舐めプしていた。鑑定してみた結果、この世界の人間達があまりに弱かったからである。森の奥には手強い魔物がいくらでも居る。それに比べると、人間は吹けば飛ぶようなレベルであった。


【賢者】もどうせ大した事はないだろうと思っていた。この街で出会った賢者モイラーとか言う奴が大した事なかったからである。だから、帝国の賢者はモイラーより優秀と言っても、大した事はないだろうと思ってしまったのだ。


だが、相手が転生者となると話は別だ。


自分と同じ様にチートを持ってこの世界に来ている可能性に思い至ったのだ。


モイラーが『帝国の賢者もそれほど大したことはない』ような事を言っていたが、そこは信用しないほうがいいだろう。何故なら、転戦者なら、能力を隠している可能性があるという事に思い至ったのだ。


危険な力を持った存在が自分に興味を持って近づいてきている…。


確かに俺は、弱肉強食の森の中で狩りをしながら生きてきたが…つまりそれは、俺より強い存在が現れれば、俺が狩られる、殺される可能性も有るという事だ。


そう考えたら、少しゾッとするものがあった。


森を手探りで探索しながら獲物のを強さを計りながら戦っている時は、自分が死ぬ可能性を今よりかなり意識していたが、その分慎重に行動していたのだ。


だが、人間の街に来てから、いつのまにか油断してしまっていた。自分が狩られる事はないとどこかで安心してしまっていたのだ。


まぁ、仕方がない。


狩られる側にもしなったなら……精一杯の抵抗として逃げるしかない。


は、逃げる事ができるのだから。


前世では頼れる親もおらず蓄えも才能もなかったので、仕事を失えば野垂れ死に確定だった。そのため、どんな酷いパワハラモラハラを受けても仕事を辞める事はできなかった。


毒親のせいで底辺スタートで、結局いつまでもそこから抜け出せなかった。たとえブラックだろうとも、そんな俺を雇ってくれた会社を辞めるという選択はなかったのだ。


(まぁ実際は辞めたとしてもなんとかなったのかも知れないが、辞めたら終わりと思い込んでいた。)


だが、ずっと思っていた。


『嫌な仕事を辞めて、自由になれたらどんなに気持ちいいだろうか……』




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